独連邦軍の戦略的予測2040、最悪シナリオはEU崩壊
多極間競争や二極化再現も
ドイツ・シュピーゲル誌第45号(2017年11月4日)によれば、ドイツ連邦軍の研究グループは、連邦軍誕生以来初めて40年までの社会的・政治的傾向がなかんずくドイツに与え得る影響について検討し、その成果が17年2月末、軍のトップに報告されたが、その内容は機密事項と位置付けられ、公表されなかった。以下、断片的ではあるが、シュピーゲル誌の公表内容を検討しよう。
国防省企画班作成の秘密文書「戦略的予測2040」は、あらゆる点からして注目に値する。通常この種の公文書は、ドイツの安全にとって見通し得ない帰結を伴った欧州連合(EU)の崩壊の可能性を記述し、しかも同時に数年(もしくは十数年)中に展開されるべき具体的装備計画を伴った連邦軍の対応を記述すべきであるが、これがいまだ見られない。
14年、ロシアの軍事作戦によるクリミア併合は、ドイツ国防省に少なからざる思考転換をもたらした。フォンデアライエン・ドイツ国防相は、14年8月、カトリン・ズーダー氏を国防省装備担当次官に任命した。氏の守備範囲には「戦略的予測」の作成も含まれた。この研究には、複数の将来的傾向の分析も含まれた。
研究は将来重要視されるべき以下の事項を挙げた。
第1に社会に関しては、アジアとアフリカでの人口増大に対し、西側諸国の人口停滞が予測される。アジアとアフリカの社会的不平等の進行は難民の発生源となる。欧州における国民国家とのアイデンディティーは、社会的、人種的、地域的あるいは宗教的集団のアイデンディティーによって弱められる。
第2に政治面では、非国家的行為者や非西側諸国は、重要性を増す。中国とロシアの将来的戦略的方向付けは不明確にとどまる。短期的諸同盟は、紛争をより予測不可能にする。
第3に経済面では、西側諸国の経済的・財政的給付能力は低下し、これが安全保障・防衛政策に否定的帰結をもたらす。
第4に環境面では、農業用地をめぐる競争が高まり、気候変動により、紛争が先鋭化する疫病や流行病の危険が高まる。
最後に軍に関しては、西側社会は、高齢化により、リスク意欲が減退する。生産工程では人間が機械に替えられ、戦争では戦闘員と非戦闘員の区別がますます困難になる。
研究班はさらに「事前に思考する」意味で、来るべき危険な展開を適時に認識できるようにするために、前記の諸傾向を可能性のある16の「紛争像」と組み合わせた。その用例としては、例えば公海における海産物の激減とその争奪戦、あるいは大量破壊兵器の小型化・極小化が挙げられよう。さらに前記の諸傾向および紛争像は、組み合わされ、そこから六つの未来シナリオが展開される。今般は4から6までのシナリオを紹介しよう。
まず第4のシナリオは多極間的競争である。経済成長が落ち込み、グローバル化が停滞し、諸国は相互に隔絶し、過激主義が台頭する。EUメンバー諸国の中で「ロシア国家資本主義モデルへ」の特別の接近を試みるかに見える諸国も存在する。従ってEUは、政治・経済単位としての比重を失い、「欧州的幻想」の終焉(しゅうえん)が近づく。
アメリカは、このような不明確な世界秩序の中で、秩序維持勢力・安定化勢力にとどまることが期待されるが、そのための負担も増大。中国はグローバル化の停滞により、その比重を喪失し、不安定化し、外に向かって攻撃的態度を示す。太平洋地域では代理紛争が増大する。これに比してロシアは、資源価格の高騰により国内が安定し、対外的には対決的態度を示す。
次に第5のシナリオは二極化の再現である。冷戦終結50年にして、世界の二極化が再現される。二つの敵対ブロックが相互に通商は行うが、政治的、世界観的および文化的にはますます離れる。西側は欧州とアメリカから成り、東側は中国とロシアから成る。資源獲得をめぐる競争は増大するが、経済的交換は軍事的大紛争を依然として阻止する。
最後の第6のシナリオは最悪シナリオであり、EUの崩壊とドイツの反応についてである。国際秩序が数十年にわたる不安定状態の後、浸食され、価値システムが崩壊し、グローバル化が停止する。EU拡大は大幅に放棄され、残留メンバー諸国は次々に離脱。欧州は多くの領域でその競争力を失う。ますます秩序を喪失し、かつ部分的に混沌とし、紛争に満ちた世界は、ドイツと欧州の安全保障政策的環境を劇的に変更した。かつての指導的国家アメリカはいたずらに世界秩序の浸食に逆らって成功しない。そこでは経済的敗北と世界政治からの撤退の本格的徴候が見られる。撤退の循環が台頭し、世界的規模の危機がエスカレートする。
本来、この「戦略的予測」の大部分は、既に2年前に完成していた。従って、いわゆるトランプ現象はこの報告に組み込まれていない。なお、この研究報告の特徴は、連邦軍の具体的装備並びに具体的人員構成、さらには北大西洋条約機構(NATO)および連邦軍の終焉に関する記述が見られないという事実だ。これは政治家の守備範囲に属する事項かもしれない。最悪のシナリオ下における日本の対応について検討する必要はないだろうか?
(こばやし・ひろあき)