英のEU離脱交渉は藪の中

遠藤 哲也日本国際問題研究所特別研究員 遠藤 哲也

溝大きく「貿易」手付かず
双方の足を引っ張る内部問題

 本編は本紙2016年12月19日付の続きであり、今回は英国の欧州連合(EU)加盟の是非を問う国民投票後の経緯、難航する離脱交渉、今後の見通し、日本との関係などについて述べてみたい。

 16年6月、英国のキャメロン保守党内閣は党内にあった異論を抑え、EU残留の立場を固めるため国民投票を行ったが、大方の予想に反して、残留派は敗北した。キャメロン首相は責任を取って辞任し、同年7月に後を継いだメイ氏は、もともとは控えめな残留派であったが、首相の座に就いてからは国民投票で示された国民の意見を尊重するとし、また党内の意見も考慮して強硬離脱の方針を表明した。

 17年3月に、リスボン条約第50条に従って、EUに対して正式に離脱通告を行った。さらに、メイ首相は離脱交渉に臨む英国の立場を強化するために、7月に総選挙を行って、国内および保守党内での自らの足元を固めようとした。ところが結果は、これまた大方の予想を裏切って、メイ保守党は大敗し、過半数を割り込み、少数与党となってしまった。

 英国はデービスEU離脱担当相、EUはバルニエ氏(フランス人で、閣僚経験のある政治家出身)を首席交渉官に任命し、17年6月から交渉が始まった。リスボン条約によれば、交渉期間は原則2年と限られており、しかも合意された内容それぞれの議会の承認を必要とするので、大筋合意は遅くとも18年秋ごろまでには実現されなければならない。双方に歩み寄りは見られるものの、経済問題などについての交渉はこれからであり、藪(やぶ)の中である。

 交渉に臨む双方の立場と争点は以下の通りである。

 まず英国は①現在、約320万人のEU市民が住んでおり、移民規制を強化したい②EUは選挙によって選ばれていないEU官僚によって牛耳られており、EU法の支配下にある。英国は主権を取り戻すべきであり、EU司法裁判所の管轄からも抜け出すべきである③EUの単一市場から出ても、貿易は従前通りやっていける。EUとの貿易交渉は離脱交渉と同時並行で行いたい④EUとの関係の激変を避けるため、十分な移行期間を設ける。

 一方、EUは①モノ、カネ、サービス、ヒトの四つが一体であって、離脱に際して、いいとこ取りは認められない。ヒトの移動の規制だけを強化し、その他は最大限自由とすることは許されない②英国に住むEU市民の権利は十分に保証されなければならない③EU離脱に伴う、EU予算の英国の分担金やコミットした事業への負担分をきちんと払うことが必要である④離脱交渉を先行させ、十分な成果が出た後で、貿易交渉を開始する。

 このように英・EUの溝は大きく、貿易問題の方はまだ手付かずである。交渉は双方の内部問題に足を引っ張られている。英国では与野党内にさまざまな意見があり、総選挙に敗北したメイ首相がまとめ切れるか否か、議会の承認を得ることができるのかどうかが問題である。EU側でも、仏、オランダ、独などEUを支援する政権が選挙で勝ったものの、自国第一主義・EU離脱派が勢力を伸ばしており、EU委員会はもちろんのこと、各国も英国との交渉に融和的な態度を取れない。

 それでは、今後どのようなシナリオが考えられるか。一つは期限内に貿易を含め、全ての交渉が妥結し、必要な国内手続きも終え、円満離脱が実現することで、最も望ましいシナリオである。二番目は基本問題についても、貿易問題についても、話がまとまらず、交渉期間を延長するとのシナリオである。ただし、これにはEU理事会の全会一致が必要である。三番目は話し合いがつかず、強制離脱となるが、これは最悪のシナリオである。英国経済にとって対EU貿易は50%を占めているし、シングルパスポート制度(加盟国の一つの国で営業許可を取れば、EU全体内で営業できる)を利用して、ロンドンは国際金融の中心になっている。英国には多くのEU市民が住んでいるのが、一挙に普通の国同士の関係になるのだから、EUにとっても大変なことである。

 英国のEU離脱問題は日本にとってひとごとではない。離脱の条件次第だが、経済的にも、外交的にも大きな影響を及ぼす。まず経済面だが、英国には1500社もの日本企業が進出しており、そのうち製造業については英国自身の市場もさることながら、EU域内市場にはるかに大きな関心が向けられている。部品の調達も同様である。またロンドンは国際金融のセンターであり、外国為替の取引高は世界の40%を占めており、日本の大手金融・保険・証券企業はここに拠点を置いて、EU内で営業している。EUとの経済関係の見通しが不透明な中で、日本企業は英国に残る企業、撤退する企業、拠点をEU域内に移す企業など選択を迫られるであろう。

 外交面では日本は英国の持つ世界的な物の考え方と行動、軍事・外交での存在感、北大西洋条約機構(NATO)への橋渡しなど大いに役立っていたのだから、英国が自国第一主義の内向きになるとすれば、大変なマイナスである。日本としては、英国およびEU側と緊密な話し合いを続け、必要に応じて働き掛け、英国のEU離脱の悪影響を極力抑えるように努めていく必要がある。

(えんどう・てつや)