新たな核戦略必要なNATO
露が再び威嚇手段に利用
通常戦力での対米劣勢を意識
核の世界秩序は冷戦の終焉(しゅうえん)後、比較的安定したかに思われた。しかし現実はそうではなかった。しかもその主要責任国はロシアであり、次に中国である。以下、ロシアを中心に時系列的に概観しよう。
核の第1時代 広島と長崎での核爆発をもって核兵器が東西対決の中心的権力維持手段へと台頭した事実は、1945年時点でほとんどの人々が認識しなかった。
しかし、62年のキューバ危機に至って初めて、ワシントンとモスクワの権力者たちは核兵器の投入が人類の滅亡を意味し得ることを理解した。つまり侵略者が望むいかなる大きな獲得物でも敵の核報復が与える破壊と相殺することができないのだ。核戦争では勝者が存在せず、敗者のみが存在するのだ。核の相互確証破壊(MAD)は、核の応酬ばかりか両ブロック間の通常戦争も阻止した。全ての軍事対決がいつでも核戦争への転換の危険を意味したからである。攻撃開始者も必ず続いて死ぬ運命にあるのだ! ベルリンの壁構築あるいはチェコスロバキア反乱鎮圧に対する西側の対応不能はこの具体的用例である。
かくして核のホロコースト無しにベルリンの壁の崩壊(89年)と冷戦の終わりとともに核の第1時代は終わった。
核の第2時代 核兵器の備蓄は、西側では大幅に削減されたが、残された核兵器庫の機能に鑑みて、人は古典的思考形態への回帰に固執した。やはり核兵器はソ連・ロシア国家の再生に対する再保険とみなされた。しかも将来目標とされるロシアとのパートナー関係のいずこに核兵器の効用が存在するかについては少数の専門家しか考えなかった。
核の第2時代の最初の挑戦は98年のインドとパキスタンの核実験である。両国は直接アメリカとロシアを威嚇せず、核兵器を相互に向け合う2カ国として核クラブに加入した。
核の第2時代における第2の挑戦は、3年後の2001年9月11日の同時多発テロ攻撃であった。敵対的諸政府に代わって突然イスラム主義テロリストが大量殺戮(さつりく)を行う能力を示した。この種の危険に対して核兵器では無力であることが明らかとなった。非国家的行為者は核抑止威嚇の対象とならない。狂信的で死を厭(いと)わない行為者に対しては、相互生き残りを土台とする核の古典的抑止論理は成功しない。同時にテロリストの出現は、「核のタブー」を崩壊せしめた。つまりテロリストの手中に陥った核兵器が躊躇(ちゅうちょ)なく投入される蓋然(がいぜん)性がこれだ。
核の第3時代 歴史家は14年を核の第3時代の始まりと位置付け、ロシアによるクリミア地区の国際法違反的併合を転換期と位置付ける。ロシアは、これによって最終的に全欧安全保障秩序を離れ、北大西洋条約機構(NATO)とのパートナー関係を解約し、自らの巨大な核戦力を再び隣国に対する威嚇手段として利用し始めた。スウェーデン、ポーランドおよびバルト3国に対する核搭載爆撃機の飛行と核兵器投入のシミュレーションをもってロシアは、NATOに対する明白な威嚇シグナルを提示する。これらの全ては、ロシアを再び影響力のある超大国として確立するためのロシア政治指導部の意識的決定の帰結に他ならない。
核の第3時代に有効な抑止戦略において、人は先行した二つの時代の諸経験を結び付け、非国家的あるいは不合理的勢力の抑止を目的とする冷戦核大国時代の核抑止を試みた。しかしこの種の解決では不十分だ。なぜなら、当時の東西紛争状況とは根本的に異なる状況が現存するからだ。つまり当時のワルシャワ条約機構はNATOに比べ通常戦力で部分的に優勢だったのに対し、今日のロシアは、アメリカとその同盟諸国に対し通常戦力的に明らかに劣勢であり、しかもロシアはこの事実を明確に意識している。
核のさらなる不安定要素は、北朝鮮が数年以内にイギリスとフランスを上回る核弾頭を持つ蓋然性が高いことである。これによって核クラブに、行動が大幅に予測困難で、自らの権力喪失を病的に恐れる行為者が参加することになる。
核の第3時代における核兵器の役割に対して一連の新たな根本的な諸問題が発生する。例えば、自らがそのグローバルな覇権要求を経済的に支えられないが故に、軍事的に劣勢なロシアをいかにして西側が抑止し得るのだろうか。
ロシアの脆弱(ぜいじゃく)性はエネルギー価格の下落からばかりか、とりわけ数十年にわたって停滞のまま放置された経済的、政治的および社会的近代化に起因している。ロシアがここ数年中にもはやその住民の需要を満たすことができなくなる蓋然性は高く、しかもそこから帰結される不安定性は、極めて深刻である。
さらに核の第3時代においても条約的に確定した核の軍備管理が存在し得るか否かの問題も提示される。ロシアは、その核兵器を通常兵器における自らの劣勢を調整すべき戦力の有用な部分と理解する場合、その核戦力の削減に利益を見いだし得ない。14年12月ロシアは放射性物質、核兵器部品もしくは核の専門知識がテロ集団の掌中に陥る事を阻止する目的のナン・ルーガー協定の解約を行った。もはやロシアがNATOのパートナーではなく、NATOに向けた核兵器が手段化されている現在、新たなNATOの核戦略の構築が不可欠となっている。
(こばやし・ひろあき)