中国の国防白書の取り扱い方

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

「必ず台湾を統一」と強調
強権政治のプロパガンダ手段

茅原 郁生

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

 中国は本年7月に4年ぶりに「国防白書」を発行した。その事実は既にメディアで伝えられているが、国営通信社・新華社による解説記事(月刊「中国情勢」8月号)を得て、その強調点や注目点を紹介しておきたい。周知のように中国軍事問題に関しては厚いベールに包まれており、「国防白書」は唯一に近い公刊資料として注目されてきた。そもそも「国防白書」は1998年に江沢民政権によって初めて発出され、爾来(じらい)約2年ごとに公表され今回で10回目になる。これまでの白書は中国国防政策の全体像を統計や数値を交えて体系的・継続的に記述するというより特定テーマの解説で、15年版は「中国の軍事戦略」の副題で、専門的に紹介してきた。

兵器近代化の姿勢誇示

 今次白書は「新時代の中国国防」のテーマのように、前言、結言の他に、章立ては従来になく総合的で第1章は「国際安全情勢」、第2章は「新時代の防御的な中国国防」、第3章は「新時代の軍隊の使命と任務を達成」、第4章は「改革中の中国の国防と軍隊」、第5章は「合理的で適度な国防支出」、第6章は「積極的な服務で人類運命共同体の構築」となっている。17年から着手された習近平軍事改革についても旧来の国防体制の大胆な組織改革、軍政と軍令の分割、陸軍の一体化と地方政府との癒着阻止、海・空・ロケット軍重視と戦略支援や聯勤(ロジスティック)保障部門の新設などをオブラートに包んで説明している。

 なお白書の発行は、国務院の官房に当たる国務院新聞弁公室が出しており、国防分野の透明性の向上より政策のプロパガンダ狙いの記述姿勢が鼻につく。それでも白書第1章での中国を取り囲む安全保障環境の見方に当たって、伝統的に国家主権と海洋権益の防護にこだわっており、全般にアジア地域の安定を評価しながらも経済面で状況悪化の危険性を指摘している。米中貿易摩擦の激化を踏まえ、従来は「覇権主義・強権政治が脅威」と当てこすっていたが、何カ所かで「米国」を名指しで脅威対象に挙げ、安保環境は厳しくなったと認めている。

 その19年版白書について新華社は、白書の構成とは関係なく幾つかの強調点を挙げているが、本稿では国営通信の強調点から中国の狙いを探ってみたい。

 まず新華社は、「中国は必ず台湾を統一する」と第1項に掲げていた。米中間の貿易摩擦がトランプ大統領の台湾への武器売却(最新鋭戦闘機66機、戦車108両)などにエスカレートする趨勢(すうせい)を受け、解放軍の任務に絡め武力統一辞せずの強い姿勢を強調している。シンガポールでのアジア安保会議での魏鳳和国防部長の厳しい発表と重なって、今後の米中角逐の激化が台湾海峡にどのように投影されていくか、が注目されてくる。

 第2項に「中国軍が近代的な兵器装備体系を構築」を掲げ、15式戦車、052D型駆逐艦、ステルス性の殲20戦闘機.東風26中距離弾道ミサイルを具体的に例示しながら、兵器の近代化を急ぐ姿勢を誇示している。

 第3項に「現役兵員が200万人に」として習主席が進めた軍事改革の目玉とした30万人兵力削減の成果を強調している。

 第4項の「国防費は今後とも適度に安定した伸びを維持する」では中国の国防費は国内総生産(GDP)の1・3%にすぎないと強調している。しかし中国の国防費には国防部所管外の兵器の開発費や外国からの武器購入費などが計上されておらず、実質的には公表国防費の2~3倍が計上されていると言われる問題には白書も含めて全く触れていない。

ウイグル弾圧で言い訳

 最後に「新疆で1566の暴力テログループを殲滅(せんめつ)」の項を唐突に挙げて国際的な反テロ作戦の成果を誇っているが、拡大を続ける米中角逐の中で新疆ウイグル自治区で100万人レベルのウイグル人を職業訓練の名目で高い塀の中に拘束している実態やウイグル族の文化・宗教の否定などが、人権問題に絡めてペンス発言など対中攻勢に使われることに言い訳をしている。

 見てきたように中国の国防白書は安保上の信頼醸成に資するというよりも、中国の強権政治のプロパガンダ手段として使われており、民主主義国家とはおよそ違った狙いの下に作成されている。国防白書は本来、信頼醸成のための貴重な公刊資料ではあるが、中国の場合、政治的な脚色が施された白書の印象を新華社電から強め、真実にどう迫るか、実態解明がますます重要になる。

(かやはら・いくお)