台湾の分水嶺となる総統選

 来年1月11日に行われる台湾総統選の最大争点は、台湾統一をにらむ中国との関係だ。総統選は、台湾の自由と民主主義が存続できるかどうかの分水嶺(れい)になる。習近平政権は台湾への個人旅行を差し止めたばかりか、台湾海峡での軍事演習にも余念がなく露骨な総統選に向けた圧力を加える。それに対し毅然(きぜん)とした姿勢を保持し続ける蔡英文総統への支持が急速に広がりつつある。
(池永達夫)

最大争点は中台関係
「自由と民主」懸けた戦いに

 1996年の台湾総統選取材の折、台北市内のあちこちに張り出された「中国史4000年で初の民主選挙」と銘打った政治スローガンに少々、驚かされた覚えがある。総統を台湾住民の直接投票で選出するという意義は小さくはないものの、歴史を引き合いに出した事大主義を感じたからだ。

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都内のホテルで開催された「日本蔡英文総統後援会」発足式

 ただ、今回の総統選が「台湾の自由と民主、法治の存続を懸けた分水嶺になる」との民進党が共有する歴史的危機感は、中国を30年間見てきた記者には共感を覚える。

 昨年末まで、蔡総統の再選は絶望的だと見られていた。与党民進党は昨年11月の統一地方選挙で惨敗に帰し、蔡氏は党首の座も降りた。一方、勢いを取り戻した国民党は、複数の有力者が候補に名乗りを上げ、政権交代に手ごたえを感じていた。ところが蔡総統は、この8カ月間でじわじわと支持を取り戻し、民進党候補者の座を勝ち取り、最近の世論調査では国民党候補者の韓国瑜・高雄市長よりも優勢だという結果も出てきた。

 主要因は二つだ。

 一つが、1月2日に行われた習近平国家主席の対台湾政策に関する重要講話だ。この中で習主席は「一国二制度による中台統一」を提起するとともに「武力の使用」など、これまで台湾の反発を恐れて極力使用を避けてきた文言も盛り込んだ。

 これに対し、蔡総統は「一国二制度」は受け入れられないとの演説を直ちに発表。その断固とした姿勢が好感され、蔡総統の支持率を引き上げる起点となった。

 さらに香港情勢が、蔡総統再選に向けた追い風となった。

 香港で最初の大規模デモが勃発すると、蔡総統は直ちに、台湾は絶対に「一国二制度」を受け入れないとの声明を改めて発表。この「自由と民主主義擁護」を前面に打ち出した戦う姿勢が、蔡総統の支持率をさらに引き上げた。

 その蔡総統再選を支援する「日本 蔡英文総統後援会」発足式が1日、都内のホテルで行われた。

 同会会長の趙中正氏(全日本台湾連合会会長)は「共産党の牙は香港の次に台湾に向き、さらに日本にも向けられる」と述べ、香港と台湾の危機は日本にとって対岸の火事ではないと強調した。

 趙氏はさらに「次回の総統選は台湾が中国に飲み込まれるかどうかの正念場。台湾が中国の影響下に入るようになれば、我々の先輩が命懸けで勝ち取った台湾の自由と民主主義が失われかねない」と述べ、血と汗を流しながら民主主義構築に尽力した先輩諸兄に面目が立たないとの胸の内を吐露した。

 一方、野党国民党の総統候補である韓国瑜・高雄市長は「経済は中国と組み、安全保障は米国と組む」というのが持論だ。4月には中国を訪問し、中国側が高雄から農産品や水産品などを大量に買うという総額53億台湾ドル(約190億円)の商談を成立させた。その代償が政治的譲歩だ。韓市長は訪問中、中国政府の意向に沿った形で中台は不可分の領土だとする「一つの中国」原則に基づく「1992年合意」の堅持と、「台湾独立」反対を強調している。

 これこそが、中国がこれまでやってきた「以商囲政」方針の罠(わな)に落ちたも同然の行為だった。「以商囲政」とは、商売を以(もっ)て、台北の政治を囲い込むという、経済の外堀を埋めて、政治という本丸を落とそうというものだ。かつてレーニンは、「資本家は自分の首をつるすのに使うロープを売る」とうそぶいたが、今回の韓市長の中国訪問は中国共産党の手の平の上で踊ったも等しいものだった。

 政治家には大局観が問われる。何より「経済より安保が優先される」という基本が欠落すると、謀略を得意とする中国から足元をすくわれかねない。