クララ・シューマン生誕200年、名器共演で蘇る魂の音色

音楽プロデューサー 三船 文彰さんに聞く

 女性音楽家の先駆者クララ・シューマン(1819~96年、ロベルト・シューマンの妻)の生誕200年となる9月13日、岡山市で歯科医を営みながら、チェロ奏者・音楽プロデューサーとして活躍する三船文彰さんが彼女の生誕を祝う記念演奏会を、東京・紀尾井町の紀尾井ホールで企画した。主役はクララ愛用のピアノと、その親友で名バイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831~1907)が演奏したストラディバリウス。なぜ、そんな奇跡の再会が実現したのか、三船さんに聞いた。
(聞き手・森田清策、写真・三船さん提供)

愛用ピアノと親友のバイオリン再会
紀尾井ホールで記念演奏会

クララ・シューマンが愛用したピアノ1877年製「グロトリアン・スタインヴェック」を所蔵していますね。

三船文彰さん

 みふね・ぶんしょう 1954年、台湾・台南で生まれ、14歳で来日した。歯科医を本業としながら、ルース・スレンチェスカさんのCD制作に携わるほか、東日本大震災に際して、台湾から多くの義援金が寄せられたことに感謝する「ありがとう!! 台湾」コンサートを企画するなど、音楽活動に情熱を注ぐ。

 クララ愛用のピアノは、2006年から所蔵しています。ドイツのクレフェルト市に長くありましたが、1987年に日本の商社が購入。日本に運ばれ、一時、演奏に使われた後、美術品保管倉庫で眠っていたのを譲り受けました。

 2003年以降、私は1950年代に一世を風靡(ふうび)して「伝説のピアニスト」と言われたルース・スレンチェスカ先生(1925~)の日本での演奏活動などをサポートしてきました。ルース先生は05年、岡山でラスト・ショパンリサイタルを開いて、公開演奏のキャリアに終止符を打ちました。しかし、私はそれ以降もルース先生にブラームスの晩年のピアノ曲集の録音を懇願していましたが、色よい返事はもらえないでいました。

 そんな時に、クララのピアノの存在を知り、それをルース先生に伝えたところ、「クララは10代の私のヒーローだった。どんな楽器なのか、見てみたい」と、前向きな答えが返ってきました。それを、当時の持ち主に話したところ、「それほどの巨匠に弾いていただけるなら、あなたに譲りましょう」という展開になったのです。

今回の演奏会に至った経緯は。

 実は、今年がクララ・シューマンの生誕200年に当たることを知ったのは、昨年です。それもたまたまのことで、友人との会話がきっかけでした。

 「何かやった方がいいかな」と思いましたが、今、音楽愛好家でさえ、クララに興味を持つ人は少ないので、決めかねていました。しかし、知人たちから「ピアノを持っているのに、何もしないのか」と急かされました。

 そこで、今年3月、クララの誕生日の9月13日に東京の大ホールに空きがあるかを調べました。半年前では「絶対に無理だ」と思いましたが、空いてなければ、それで言い訳ができるのでね(笑)。

 案の定、空いていたのは唯一、紀尾井ホールの12日でした。ところが翌朝、「ホールの自主公演が12日に変更になったので、13日が空いた」と、連絡が入りました。ホール側はクララの生誕記念演奏会だとは知らないのに、わざわざ退いてくれた感じです。「不思議な巡り合わせだ。これはもうやるしかない」と、押し出されたというわけです。

演奏会では、クララのピアノと名バイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムが愛用し、その後ミッシャ・エルマン(1891~1967)が購入した名器ストラディバリウス「ヨアヒム=エルマン」が共演しますね。

グロトリアン・スタインヴェック

クララ・シューマンが愛用したピアノ「グロトリアン・スタインヴェック」

 ヨアヒムは、メンデルスゾーンに師事した、19世紀を代表するハンガリーの巨匠ですが、クララは20代半ばで、彼と出会い、以来、二人は生涯にわたる親交を続けました。クララの伝記を読むと、2頁に1回はヨアヒムの名前が出てきます。

 現在「ヨアヒム=エルマン」は、台湾の奇美博物館の所蔵です。同博物館の創設者、許文龍氏と、私の父劉生容(故人)は、若い時に一緒にバイオリンを楽しんだ友人同士でした。二人は、「ヨアヒム=エルマン」で録音した名バイオリニスト、ミッシャ・エルマンのレコードを愛聴していました。そんなこともあって、演奏会のことを聞いた許文龍氏は「日本に持って行っていいよ」と快諾してくれたのです。

 普通、ストラディバリウスを貸し出すことだけでも大変なことです。許文龍氏が最も大切にする「ヨアヒム=エルマン」が今後、台湾の外に出ることは多分ないでしょう。

不思議な巡り合わせが、いくつも重なっていますね。

 この奇跡的な動きを見ていると、私が企画したというよりも、クララ・シューマンの魂が動いて、仕向けているとしか思えません。どういう結末になるか、分かりませんが、(紀尾井ホールに足を運び)クララの魂にぜひ出会っていただきたい。

どんな音楽家が出演するのですか。

 バイオリニストは久保陽子さんですが、ピアノは「働く女性の第1号」だったクララに敬意を表し、キャリア・ウーマンをそろえました。下中美都さん(平凡社社長)、三輪美恵さん(JR東日本執行役員)らがシューマンの「謝肉祭」、クララ・シューマンの「4つの束の間の小品」などを、また久保さんはパガニーニ「無伴奏バイオリン曲」などを披露します。

 このような演奏会は、200年に1度です。東京で演奏会は山ほどありますが、これほどワクワクするものはないでしょう。ちょっとしたハプニングを期待してもいいかもしれませんね(笑)。