オーストラリア総選挙、予想覆した対中警戒心
モリソン首相が続投
オーストラリアで18日に行われた総選挙の結果は、政権与党苦戦との事前予想を覆し保守連合(自由党、国民党)が勝利し、モリソン首相の続投が決まった。保守連合を支えたのは、近年、顕著となっている豪政界や世論への影響力増大が懸念されるようになった中国のシャープパワーへの国民的危機感だ。
(池永達夫)
「紅い侵略」に危機感
世論調査などで事前に苦戦が伝えられていた与党は、6年にわたり積み重ねた政権の実績をてこに「政権の継続を」と訴え、土壇場で形勢を逆転した。ゴール直前で労働党を振り切るエネルギーとなったのが、対中警戒心の国民的高揚だった。
シャープパワーとは圧力と工作で外国の政治や世論を操ろうとするもので、文化や価値の魅力で国力の増大を図ろうとするソフトパワーに対比されて使われることが多い。
そもそも、言論や集会の自由が保障された民主社会は、中国のシャープパワーの標的になりやすいと最初に警告を発したのは豪州だった。
2年前、労働党のサム・ダスティアリ上院議員が、中国政府の南シナ海の領有権主張を支持し、「豪州はこの数千年の歴史問題」に関わるべきではないと中国寄りの発言をした際、同議員は中国人富豪の黄向墨氏の企業に訴訟費用を肩代わりしてもらっていたことが発覚。黄氏ら中国系実業家が豊富な資金を用いて政治家から中国に都合の良い発言や行動を引き出し、世論操作を試みているとの批判が噴出した。
同議員は結局、上院副議長および所属する委員会で務めていた委員長職の辞任を余儀なくされた。これを契機に豪政府は2017年末、外国人や外国企業からの政治献金を禁止する選挙法改正案や、外国団体の代理として特定の活動に従事する人物の登録制度を新設する「外国影響力透明化法案」などを相次ぎ議会に提出。いずれも昨年、可決した。
さらに豪政府は年初、黄氏の永住権を取り消した。黄氏は関連企業を通じて与野党に計約200万豪ドル(約1億5000万円)もの献金をし、前首相ら政財界の大物への影響力を高めていた。
モリソン首相率いる与党の保守連合は近年、対米協調強化に動き、対中警戒路線を強めてきた。
一方、中道左派の労働党が政権を奪還した場合、従来の対中警戒路線が変化することへの国民的懸念の声は根強かったと言える。
オーストラリアでは外交と安全保障政策は「超党派の共通認識」とされるものの、野党、労働党が政権を奪取した場合は独自色を出したい誘因が働くことから、中国に融和的になる可能性が指摘されていた。労働党党首のショーテン氏もかつて「中国は戦略的脅威ではなく戦略的好機だ」と語るなど、親中路線の発言が目立っていた。
また、労働党「影の外相」であるマレーシア系華僑ペニー・ウォン上院議員の持論も、中国との関係維持のために「オーストラリアの中華系社会の声も聞かなければならない」というものだった。華人の増加ぶりが顕著で、人口約2500万人のうち現在約120万人を数える。
選挙の結果、モリソン首相が続投することで、「親米抗中」路線は当面、維持される見込みだ。
モリソン首相は米国を「友人」、中国を「顧客」と表現。西エルサレムをイスラエルの首都と認定するなど、トランプ政権に歩調を合わせる一方、昨年8月には、次世代通信規格「5G」の通信網整備に関して、安全保障上の懸念から中国の華為技術(ファーウェイ)参入を認めないと決めた。中国の南太平洋諸国へのインフラ支援攻勢を警戒し、ユーラシア経済圏構想「一帯一路」への参加も見送っている。
ただ、中国は今年に入り、オーストラリアからの主要輸出品の石炭の検査を強化したり、同国産ワインを標的にしており、経済界に懸念が広がっている。オーストラリアにとって中国は最大の輸出先だ。一方、安全保障では米国は同盟国だ。米中が新冷戦時代に入ろうとしている中、安全保障と経済の狭間(はざま)で、舵(かじ)取りをどうするか注目される。なおわが国は「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け、豪政府との連携強化に動く方針だ。