望ましい日韓関係をつくるには
“誠信外交”キーワードに
元駐日韓国大使 申珏秀氏 講演要旨
“戦後最悪の状況”が続く日韓関係。北朝鮮の核問題や中国の海洋覇権などによって、東アジア情勢が揺らぎを見せ、さらに自由主義に基づいて価値を共有してきた日韓両国が元慰安婦、元徴用工問題といった歴史問題を背景に軋轢を生んでいる。こうした中、冷え込んだ日韓関係に対して「転換期時代における望ましい韓日関係」をテーマに元駐日大韓民国大使の申珏秀氏が駐札幌大韓民国総領事館の招きで4月12日、札幌市内で講演した。以下がその要旨。
(湯朝 肇・札幌支局長)
前向きに進み歴史和解を
相互にカバーする度量必要
韓日関係は今、出口が見えない長いトンネルの中にいる。なぜ両国の関係は悪くなったのか。協力し合い、互いに利益を生み出すことができる部分があるのにできず、本来的ではないコストを払っている。

シン・ガクス 1977年、ソウル大学校法学部卒業。79年、同大学校大学院修士課程修了。86年、駐日本大韓民国大使館一等書記官。91年、同大学院博士課程修了。95年、駐国連代表部参事官。2006年、駐イスラエル大使館特命全権大使。2011年6月駐日本大使館特命全権大使(13年5月まで)。現在は日韓の有識者でつくるSETOフォーラム理事長。
韓国と日本は1965年に国交を樹立した。それから現在まで54年の歳月が経過している。この間の韓日関係を全体的に見れば、2012年までは緩やかな改善を見せていた。もちろん、5、6回ほど危機的な状況もあったが、それらの問題も両国政府の努力で半年から1年で解決された。しかし12年以降、韓日の軋轢は構造的な問題として噴出し、それが長期間にわたって未(いま)だに危機として続いている。
日本の内閣府が年末に発表する「外交に関する世論調査」によれば、韓国に親しみを感じると答えた人は11年が一番高かった。当時は、日本の韓国に対する好感度は63%が良いと答えている。それが18年は30・4%に減少した。一方、韓国EAI(東アジア研究院)と日本の言論NPOが毎年行っている共同世論調査によれば、韓国人の日本への好感度は昨年が28%。一方、日本の韓国への好感度は23%と低い値になっている。また、重要度認識では「日本は韓国にとって重要な国」と思っている韓国人は82%なのに対し、「韓国は日本にとって重要な国」と考える日本人は56%。日本の韓国に対する認識、好感度が落ちている数字になっている。
経済的な側面で日韓関係を見ると、日本の韓国への投資額が一番高かったのは12年で、その額は45億ドルあった。それが昨年は13億ドルで4分の1に落ち込んでいる。
また、かつて日本にあった韓国観光や韓流ブームも消えた。訪韓日本人客数は12年に352万人に達したが、それをピークに減少を続け、昨年は若干回復して292万人になったものの、300万人には至っていない。一方、訪日韓国人観光客は増え続け、昨年は754万人に達している。
そこで現在、両国が置かれている国内環境を見ると極めて類似している側面がある。すなわち、連携をもって対処した方が得策である点が非常に多い。例えば、日本も韓国も少子高齢化という同じ問題を抱えている。また現在、韓国は日本が経験したデフレ経済が訪れるのではないかという危機感を抱いている。日本は人手不足という労働問題を抱え、その一方で人口減少による市場規模の縮小からデフレの到来が危惧されている。こうしてみると、両国は同じ問題を抱えていることが分かる。
一方、安全保障面から見れば同じ土俵に立っている。北朝鮮への脅威は日本にとっても韓国にとっても無くなっていない。北朝鮮は核武装をほぼ完了している。残っているのは核弾頭の数を増やすこと。ICBM(大陸間弾道ミサイル)を完成するための特殊合金を造ること。ミサイル制御技術の確立という3点しか残っていない。米国CIA(中央情報局)は20年をめどに北朝鮮はそれらの技術を手に入れるとみている。すなわち北朝鮮が完全に脅威になるまで2年しか残っていないのだ。加えて、中国は早いテンポで成長し東アジアにおける勢力転換を図ろうとしている。
米国は新保護主義をもって独自の展開を進めている。少なくとも今までの東アジアでの米国の主導権は薄くなりつつある。この地域で中国が攻撃的で攻勢的な体制を取るとき、日本と韓国はどうするのか、について共に考えなければならない。中国が東アジアにおいて国際法に基づき責任ある利害統治者として役割を果たす状況をつくらせること。その担い手になるのが韓国と日本なのである。
韓国と日本はこれまで東アジアにおいて、平和と繁栄を享受してきたが、それを支えてきたのは戦後、米国がつくってきた自由主義に基づいた民主主義、そして市場経済である。そうした国際秩序の根底的な基盤が脅かされようとしている。米国の指導力が落ち、同盟関係に亀裂が入ることをわれわれは心配しなければならない。日本も韓国も不確実的な国内外の環境において、ともに協力し共有している価値をしっかりと保ち把握していかなければならない。
「韓日関係の新しいパラダイムをどう構築すべきか」という問題だが、そのキーワードは“誠信外交”であろう。かつて豊臣秀吉の起こした壬申倭乱、日本では慶長・文禄の役と言うが、当時の事件で韓国では人口の30%、約300万人が犠牲になった。農地も荒らされ耕作が不可能になった。日本に対する怨念は非常に深かったが、江戸幕府ができて10年もたたないうちに国交が正常化した。以後、200年以上にわたって両国は交流を深めたのである。その時の外交の礎になったのが、雨森芳洲の「誠信外交」であった。
雨森芳洲は外交の指針書『交隣提醒』の中で、「朝鮮交接の儀は、第一に人情、事勢を知り候事、肝要にして候事、互いに欺かず争わず、真実をもって交わり候を、誠信とは申し候」と書いている。外交には、「誠信(まごころの外交)が必要」と説いているわけだが、私は、彼の書物から外交におけるインスピレーションを多く受けるのである。現在の韓日関係においては多くの難問が山積する。特に歴史問題は深刻だ。ただ、歴史和解には留意しておかなければならない点がいくつかある。一つは、決して後ろ向きになってはいけないこと。これまでにもいくつもの問題を解決してきた実績がある。前向きに進むことが大事。それから、二つ目は、相手に全部責任を負わせるようなことは互いにやめること。妥協が必要だ。相手を非難したままでは合意事項は履行できず、互いに不十分なところをカバーしていく度量が必要だ。三つ目は、絶対に急がないこと。互いに信頼関係を醸成しながら一つひとつ問題解決の意思を持っていけば必ず美しい隣国関係を構築することができると思う。