中国の新植民地主義を警戒
マレーシア首相、都内で講演
ナジブ前政権の借金27兆円
5月の首相復帰後、3度目の来日を果たしたマレーシアのマハティール首相(93)は11月6日に、都内のホテルで開催されたビジネスフォーラムで自国の財政事情について言及し、「無法者の集まりだった前政権の借金は、1兆リンギット(約27兆円)だった。どう返すのか途方にくれるほどだ」と回顧した。
(池永達夫)
マハティール首相が「ならず者政権」と切り捨てたナジブ前首相は7月初旬、在任中に自ら設立した政府系ファンドの「ファースト・マレーシア・デベトップメント(1MDB)」と元子会社である「SRCインターナショナル」から、2013年に前首相の個人口座に4200万マレーシア・リンギット(約11億5000万円)が不正入金されたことが背任などに当たるとして逮捕されている。
マレーシアで首相経験者が起訴されるのはナジブ前首相が初めて。3件の背任罪と1件の腐敗防止法違反容疑で有罪となれば、ナジブ前首相は最長で20年の禁錮刑とむち打ち刑、多額の罰金刑が科される可能性がある。
なお、マハティール首相は「ゴールドマンにだまされた」と憤懣(ふんまん)やる方ない。というのも、1MDBが2012年度に実施した債券発行で米金融大手ゴールドマン・サックスが主幹事を担当し、総額65億ドル(約7300億円)の債券を引き受け、闇を内包した約6億ドル(約680億円)の手数料を得ていたからだ。
一般的に債券引受手数料は発行額の0・2~2%程度が相場だ。ところが、ゴールドマンが獲得した手数料は単純計算で10%近い。その高額ぶりに当時から疑問の声が出ていたが、ナジブ前首相や政府高官へのバックマージンに使われたかどうかが焦点となる。
そのナジブ一家と中国は切っても切れない歴史的関係を持っている。
そもそも東南アジアでも先陣を切って、マレーシアと中国との関係修復に最初に動いたのが、父親のラザック氏だった。外務大臣時代のラザック氏は1966年、中国と平和協定を締結した。そのラザック氏が後に首相になり、74年には北京を訪問し国交樹立へと駒を進めた。いわばナジブ一家は、中マ関係の立役者だ。
そのナジブ政権時代に、マレーシアは中国に急接近。マハティール時代の「ルックイースト政策はルックチャイナに変わった」と揶揄(やゆ)されたほどだ。
マレーシアの全発電所は、中国に売却された。外為法には外資49%以下と規定されているが事実上、無視された格好だ。さらにアリババには、電子商取引の認可権を付与している。
そしてマレーシア国産車を生産してきたプロトンの49・9%の株を、中国の浙江吉利控股集団(ジーリー・オートモーティブ・ホールディング・グループ=以下、吉利)に売却。浙江省に本社を持つ吉利社は、習近平国家主席の息のかかった自動車会社だ。吉利はベンツを造っているダイムラーの筆頭株主でもある。吉利は、ベンツのブランド力をてこに自動運転や電気自動車など次世代自動車における世界市場で覇権を握りたいと精力的に動いている。
教育関係では、北京大学とマレー大学が単位交換可能とされるようになったし、福建省にあるアモイ大学はマレー系華人がつくった大学でもある。そのアモイ大学の分校もマレーシアにある。
そこにマハティール首相の登場で、中国の目論見(もくろみ)に急ブレーキがかかった。何より習近平氏が陣頭指揮を取りながら進めてきた「一帯一路」で、東南アジアでは北京とシンガポールを高速鉄道で結ぶ南北回廊構想は、マハティール首相のマレー半島部分の延期提言で簡単にはいかなくなった。マハティール首相は財政悪化を理由に、中国の支援を受けた200億ドル超の開発計画を中止し、一帯一路について「新植民地主義」と警戒心を隠さない。中国は返せない巨額の資金を敢(あ)えて高利で貸し、返済が滞ると港湾を差し押さえたりと街のヤミ金まがいの「債務の罠(わな)」を仕掛けてきた経緯からすると、「身から出たさび」と言えなくもない。