タイ軍部のクーデターら4年、懸念される中国傾斜

 タイ軍部のクーデターが発生して4年が経過した。タイの社会情勢は一見、平穏だ。だが、5人以上の政治集会が禁じられたまま、強権下の平穏といった状況が4年続いている。懸念されるのは民政復帰を求める欧米諸国との溝が深まり、内政干渉しない中国への傾斜が深まることだ。
(池永達夫)

来年2月総選挙の再延期も

 軍事政権は18日、タクシン元首相派のタイ貢献党の記者会見を政治集会に当たるとして党幹部を告発した。タイ貢献党は「言論の自由は憲法に保障されている」と反発しているが、強権で威圧しなければ平穏を保てないという現状は「微笑みの国」タイらしくない。自然な微笑みであってこそ美しくあり、強制された微笑みは微笑みではない。

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5日、バンコクのタマサート大学で開かれた集会で、タイ軍政に抗議する市民(時事)

 バンコク市民からはさすがに、「そろそろ総選挙をして民政復帰して欲しい」という声も出始めている。学生を中心とした人々が今春、バンコクの中心部で集会を開き、選挙の早期実施を求めた。

 プラユット暫定首相は来年2月までに、総選挙を行なうとの意向を示している。

 だがこれは、民主政治への復帰を求める欧米からの圧力にさらされているためで、アリバイづくりの弁明的なものに過ぎないとの見方をする向きもある。これまでプラユット暫定首相は何度も総選挙実施を言いながら先送りし続けており、今回もそれに倣うとの見方だ。

 クーデターが起きた2014年、当時の米オバマ政権は軍主導の暫定政権を批判。両国間の外交は断絶状態に陥った経緯がある。そうした状況を打開するためには、ともかく民政復帰を進める考えを内外に示す必要があるというのだ。

 ただ、軍事政権に対するこうした欧米諸国の反発は、タイを中国に押しやる契機にもなった。プラユット政権下でタイ陸軍は中国製戦車49台を購入し、米国製M41軽戦車と置き換えるとともに、海軍は元級通常動力型潜水艦3隻を中国から導入する。

 また、タイの高速鉄道化に関しても、北京とシンガポールを結ぶ一帯一路構想の一部となる中国案を受け入れ、既に着工している。

 なお軍事政権は、総選挙を実施したとしても、軍が権力を維持するための仕組みを構築済みだ。昨春、制定された新憲法は、上院の全議員を軍政指名とするなど、軍が民選政府に強い権限を有する内容となった。

 タクシン派政権を相次いで退陣に追い込んだ憲法裁判所と国家汚職防止取締委員会などの独立機関には、引き続き三権の上に立つ強い権限が与えられ、内閣や下院、政党を監視する。憲法裁判所判事や独立機関委員の任命は上院が行い、軍の支配権を担保している。

 首相選出方法も、下院で決まらない場合、上下両院の3分の2以上の賛成で、政党の推薦候補以外からも選べるようになった。新憲法下では、軍人を含む議員以外の首相就任も可能だ。

 総選挙で選出される下院は、たとえ第1党といえども首相選出で過半数を取ることは難しく、非民選の首相が誕生する可能性は高くなる。それこそプラユット暫定首相の狙うところだ。

 いわば軍は兵舎にこもって国家の安全保障に専念する軍事組織というだけでなく、政界にも足場を持ち圧倒的な影響力を行使できる体制が維持される趨勢にある。

 総選挙に向け最近、98もの政党が申請を受理されている中、軍出身のプラユット暫定首相を次期首相候補に掲げる新政党も、次々に立ち上がっている。

 プラユット軍事政権の支持率は、2年前の60%から昨年5月には53%に、さらに今年は37%に落ちている。プラユット暫定首相は、1970年代や90年代にあった反軍デモ騒動の過去をひとときも忘れてはいないはずだ。民政復帰後の権力基盤確保に躍起なのもそのためだろう。