半世紀迎えたASEAN

 東南アジア諸国連合(ASEAN)発足から今夏で半世紀が経過した。東南アジアがASEANを発足させたのは、ベトナム戦争の飛び火を避けるためで決して経済的繁栄を求めるものではなかった。それが2015年にはASEAN経済共同体(AEC)が発足した。「共産国への防波堤」という安全保障を契機として出発したASEANは、経済活動で紐帯(ちゅうたい)を強め、総人口6億4000万人を誇る政治主体に成長しつつあるが、ここにきて再び先祖帰りし、安全保障問題がASEANを揺るがすようになっている。北の中国パワーがASEAN分断工作に動いているためだ。
(池永達夫)

全会一致主義に光と影
日本に中国牽制役を期待

 第2次世界大戦の反省から「平和と繁栄、権力の統合」を目的に生まれた欧州統合(EU)に比べ、ASEANの地域統合は経済が主導する形になった。

東南アジア諸国連合

8月5日、マニラで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議の開会式で握手する各国外相ら(時事)

 とりわけASEANのラストフロンティアとされたベトナムやミャンマーなど、勤勉で廉価な労働力を受け皿に労働集約型産業から多くの投資を引き付けた結果、ASEAN全体の経済的連結性は高まり、経済成長にも貢献している。

 なおASEANの課題は、中国の分断工作にASEANの統一性を保ちながら対処できるかだ。

 ASEANは現在、中国の南シナ海の軍事拠点化問題に直面している最中だ。

 しかし、2016年のASEAN議長国ラオスの中国寄りぶりが鮮明だったように、カンボジアも媚中路線を走る。フィリピンも南シナ海における中国領有権問題をハーグ仲裁裁判所に提訴して勝利したアキノ大統領からドゥテルテ大統領に変わり、顕著な反中から対中融和姿勢へ転じている。タイも軍事政権下で、中国製潜水艦の購入や中国の高速鉄道プロジェクトの認可など中国傾斜が顕著になりつつある。ミャンマーもアウン・サン・スー・チー氏の最初の外遊先が中国であったように再び中国接近が語られるようになった。

 一方、ベトナムは、中国と「二つのチャンネル」で結ばれており、経済チャンネルは密接な関係があるものの、南シナ海問題については強い主張を繰り返している。つまり経済では強固な関係を維持していながら、政治的には主張すべきことは主張して中国を牽制(けんせい)しているのだ。

 また、マレーシア、ブルネイは南シナ海の領有権問題で「静かな係争国」であり続けている。さらにインドネシアは、南シナ海最南端のナトゥナ諸島の領有権問題で中国と係争中であり、中国の経済的恩恵に浴しているものの自国の領有権問題では断固自己主張を続ける方針だ。

 だが、ASEANの組織的ネックは全会一致主義という、発足当初からの流儀で、これが中国の分断工作をたやすくしている現実がある。

 いわゆる加盟国の一国でも反対すれば、その課題は棚上げされるか、あいまいな表現に変えられるという全会一致主義は、中国が全面的にコントロールできる一部の国をつかむだけで「法的拘束力を伴う南シナ海の行動規範」問題などで時間稼ぎをすることを可能にしてきた経緯があるからだ。

 なお、札束で相手のほほをなでるような経済外交でラオス、カンボジアなどを手中に収めた中国は、「一帯一路」構想をバーゲニングパワーに、タイやマレーシアにも大きな影響力を持つようになりつつある。

 そうした中国の“一本釣り”への牽制役を日本は求められている。

 元来、東南アジア諸国は特定の大国の影響下に入ることを嫌う。欧米の植民地を経験した歴史的記憶がそうさせる。だから、大国に飲み込まれないためのバランス外交に長けているのが東南アジアだ。

 そのためにも経済だけでなく、安全保障を含めた日本の積極的な関与をシンガポールやインドネシアなどが求めている。ASEANにとってカードが1枚しかなければ、バランス外交をしようにもできないからだ。