中国、ブータン西部に侵出
ドクラム高原の実効支配へ
世界地図を眺めると、点線で囲まれた白いままの地域が点在する。いわゆる白地図で領有権問題が未決着の地域だ。南アジアではカシミールだけでなくブータン西北部が白地図になっている。5月10日以降、中国人民解放軍は頻繁にブータン西部のドクラム高原に侵出するようになった。ブータンが抗議しても、中国はなかなか出て行こうとしない。しびれを切らしたインド駐在のナムギェル・ブータン大使は5月26日、デリーで記者会見を開きメディアにその事実を語った。
(池永達夫)
ベンガル湾への南進回廊狙う
ブータン西北部は、中国の人口と軍事力の圧力にさらされている。
近年では自生する冬虫夏草を求めて中国人が進入するなど、中国が実効支配する地域を広げることでブータンの国土が削り取られている現実があった。
インド政府は、ブータン政府の要請を受けドクラム高原に軍隊を送った。
ブータンとインドは防衛協定を結んでおり、インドには安全保障上の義務があるからだ。
一方、中国はこれに逆切れし、インド側が自分たちの領土に入って来たと宣伝し始めている。なお、インド内務省副大臣のリジュジー氏は「6月26日までの45日間で、中国は120回、国境を越えて侵出し、過去10年間にまで遡(さかのぼ)ると、中国は20キロ南進しブータン領を削り取っている」と告発した。
拓殖大学国際日本文化研究所のぺマ・ギャルポ教授は、「中国はベンガル湾までの回廊作りを狙っている。海に出る道だ」と指摘する。
中国はパキスタンと提携して新疆ウイグル自治区のカシュガルとパキスタン西部のイラン国境に近いグアダルまで結ぶ道路や鉄道建設などカラコルム・プロジェクトを稼働させている。このプロジェクトに投入する予算は5兆円。それだけの巨額費用を投入する最大の目的はマラッカ・リスク回避だ。
マラッカ・リスクとは南シナ海とインド洋を結ぶマラッカ海峡を、有事の際、米軍が封鎖する懸念があることを指す。そのため中東やアフリカからの石油や天然ガスなどの資源を中国に運ぶバイパスが必要との戦略的判断から、中国はミャンマーのアンダマン海に接したチャオピュー港から中国雲南省の昆明まで石油と天然ガスのパイプラインを建設し、既に稼働している。
さらに中国西部とパキスタンを結びインド洋までの出口を確保しようとしている。結局、これがあればアフリカや中東との貿易回廊が維持できるし、兵員や武器の移動も可能になる。
さらに中国が第3のルートとして、チベットからドクラム高原を経由してベンガル湾までの南進回廊を整備しようとしているというのだ。
無論、この時期、強引に中国が出てきた背景には、インド洋ベンガル湾で7月10日から始まった日米印海軍の共同演習「マラバール」への牽制(けんせい)の意味合いや、5月中旬に北京で開催された「一帯一路」国際会議にインドが代表団を送らなかったことへの嫌がらせという意味合いもある。ただ、それは副次的理由でしかなく、最大の眼目は「ベンガル湾に抜ける南進回廊」への布石という地政学的戦略に基づいていることを熟知しておく必要がある。
中国は既にベンガル湾につながるアンダマン海の大ココ島に海洋偵察・電子情報ステーションを、小ココ島に基地を建設しているとされる。
さらにチベットからベンガル湾に至る南進回廊が完成すれば、インド封鎖を狙った「真珠の首飾り」戦略はインドの首を締め上げる実質的な効力を増すことが懸念される。
なお、極東でロシアと北朝鮮に日本海への出口を閉ざされた形になっていた中国は、北朝鮮との国境から使用権を取得した羅津港までの回廊を整備することで日本海に抜ける道を手にしている。中国がベンガル湾に出るには、インドとバングラデシュに阻(はば)まれている格好だが、バングラデシュのチッタゴン港整備に投資している狙いは羅津港と同じ役割をにらんだものとの見方ができる。







