大統領の麻薬戦争を警官が悪用

 フィリピンで韓国人が拉致され行方不明となっていた事件で、警官が関与する身代金目的の誘拐であったことが明らかとなり、大きな波紋を呼んでいる。犯行に関与した警官が、麻薬捜査を偽って韓国人を連れ去っていたことも分かっており、ドゥテルテ大統領が推進する麻薬戦争が、悪徳警官によって利用されている実態も浮き彫りになった。
(マニラ・福島純一)

韓国人男性を誘拐し殺害
警察不信に拍車、長官が謝罪

 事件は昨年10月18日にパンパンガ州アンヘレス市で起きた。韓国企業の元役員だった韓国人男性が自宅にいたところ、麻薬捜査を主張する警官たちに拉致され、そのまま行方不明となった。事件後に男性の家族に身代金の要求があり、500万ペソ(約1150万円)が支払われたが解放されず、男性の妻がドゥテルテ大統領とデラロサ国家警察長官に助けを求める書簡を送り事件が明るみとなった。

デラロサ

19日、フィリピン大統領府で謝罪会見を行うデラロサ国家警察長官

 9日にはデラロサ長官が、事件への関与が疑われる警官を取り調べていることを明らかにしたが、この時点で男性の生死は不明となっており、男性の妻は10万ペソ(約23万円)の賞金を懸けて行方に関する情報を呼び掛けていた。

 ところが国家捜査局(NBI)が調査に乗り出すと急速に事件の詳細が解明され、男性はすでに殺害されてマニラ首都圏にある葬儀場で火葬されていたことが突き止められた。さらにNBIに自首した警官の証言により、マニラ首都圏にある国家警察本部の敷地内で男性を殺害していたことも判明。男性は車両内で警官によって絞殺されたという。

 遺体が火葬された葬儀場も引退した元警官の経営で、韓国人男性が所有していたゴルフセットを遺体処理の見返りに受け取っていたことも分かっている。この元警官は、事件が大きく報じられた直後にカナダに逃亡。これまでに現職警官2人を含む8人が事件に関与したことが分かっている。

 19日に大統領府で記者会見に応じたデラロサ長官は、被害者が警察本部で殺害されたことに関して、「恥ずかしさで溶けてしまいそうだ」と心境を明らかにした上で、「もし法が許すのなら関与した警官を殺してやりたい」と、容疑者の警官に対する強い怒りを表現。また韓国政府に謝罪し、迅速に事件の全貌を明らかにすると約束した。

 エスクデロ上院議員は、「警察本部での殺人は、制服や組織に対する尊敬の不在と傲慢さを示すものだ」と指摘し、関与した警官への厳しい処分を求めた。また元国家警察長官のラクソン上院議員は、今回の事件が「デラロサ長官への目覚ましコールだ」と指摘し、ドゥテルテ大統領の麻薬撲滅キャンペーンを悪用する腐敗警官の浄化が急務だと訴えた。一方、アルバレス下院議員は、警察本部で実行された殺害が、「警察長官が部下の尊敬を失っている証しだ」と指摘し、デラロサ長官に辞任を求めた。

 この事件を受け、在住韓国人の間に強い懸念が広がっている。これまでも警官による外国人を狙った恐喝などは珍しくなかったが、ドゥテルテ大統領が推進する麻薬戦争により警官の権力が強化され、犯行が大胆で凶悪化している印象だ。韓国外務省は、今回の事件で偽の逮捕状が使用された疑いがあることを指摘し、フィリピンの警官が提示した逮捕状が本物であるかどうか、現地の大使館に連絡することで迅速に判断できるシステムの構築を検討している。

 今回の事件を受け、麻薬撲滅キャンペーンの要となっている警察が、依然として腐敗体質から脱却できていない実態が浮き彫りとなった。ドゥテルテ大統領が推進する麻薬戦争に対する国際社会からの懸念が、さらに強まる可能性もありそうだ。