憲法案承認で来秋にもタイで総選挙
軍の政治パワー変わらず
タイ選挙管理委員会は10日、新憲法草案の賛否を問うため7日に行われた国民投票の最終開票結果を発表した。それによると、賛成1682万票(61・35%)、反対1059万票(38・65%)で、投票率は59・40%だった。新憲法は3カ月以内に、プミポン国王の承認を経て公布・施行され、来年半ばまでに関連法を整備、その後、総選挙は150日以内に行われるが、軍の政治パワーは民政移管後も変わることはない。
(池永達夫)
プラユット暫定首相続投も
プラユット首相は10日、テレビを通じて演説し、総選挙が来年後半に実施されると確約するとともに「多くの問題が解決できていない。安全を守る国家平和秩序評議会(軍政)の権限は残る」と述べ、反軍政勢力を牽制した。
今回の国民投票では、任命制の上院議員が首相指名投票に加わることを求める暫定議会提案も賛成58%で可決した。これにより軍は、これまでの憲法裁判所による政権への介入だけでなく、軍政が任命する上院議員による首相選出にも加わることで、民政復帰後も軍の圧倒的な影響力が維持され続けることになる。
今回の憲法改正は、1932年に立憲君主制に移行して以来、20回目となった。
タイでは少数政党による連立政権が続き、汚職が絶えなかった反省から97年に「人民の憲法」と呼ばれる憲法ができた経緯がある。小選挙区制の導入で大きな政党を育て、強い与党によってビュッフェ内閣と呼ばれるような汚職体質から脱し、安定した政権運営を可能にするのが狙いだった。その結果、農村を基盤としたタクシン派が台頭、選挙では立て続けに圧勝した。
だが、農村を基盤としたタクシン派政権に対し、既得権益者だった官僚や都市中間層などから反発があり、国内は反タクシン派の黄色軍団とタクシン派の赤色軍団とに二分されるような亀裂が入った。黄と赤に象徴される両デモ隊が、しばしば死者を出し、一触即発状態にまで危機が高まった折、その間に割って入って水入りを命じたのは軍だった。2014年5月の軍事クーデターで、国軍は分裂したタイ国民の和解を約束した。
だが、喧嘩(けんか)を止めに入ったはずの軍は、この2年2カ月の間、なりふり構わずタクシン派の政治基盤を突き崩すことに専念。さらに軍の政治的権能を高める方向へと舵(かじ)は切られた。
新憲法案は、上院の全議員を軍政が指名するなど軍が民選政府に強い権限を有する内容となっている。従来は下院だけで実施されていた首相の選出投票に上院の参加も認められ、上下院両方が首相の選任に関わる。軍政によって選ばれた定数230の上院は、実質、軍の一つの政党となる見込みだ。選挙で選ばれた定数500の下院は、たとえ第一党といえども首相選出で過半数を取ることは難しく、非民選の首相が誕生する可能性は高くなる。それこそプラユット暫定首相の狙い目だ。軍人を含む議員以外の首相就任も可能となった。
いわば軍は兵舎にこもって国家の安全保障に専念する軍事組織というだけでなく、政界にも足場を持ち圧倒的な影響力を行使できる準独裁体制が維持される趨勢にある。
早速、総選挙をにらんだ動きも出てきた。パイプーン・ニティタワン元上院議員は9日、親軍政の新党「国民改革党」の立ち上げを表明し、自身も出馬する意向を明らかにした。プラユット暫定首相の続投も既に視野に入っている。
問題は追い込まれたタクシン派が、ジリ貧を余儀なくされるこうした政治状況を認めるかどうかだ。
今回の国民投票でも4割近い反対票と低い投票率は、国民の分断状況が根深く深刻であることを物語っている。
賛成多数という結果も、軍政承認というより、早期の総選挙実施と民政移管を求めた国民の現実主義に基づく結果でもあった。
2年前のクーデターで政権を追われたタクシン派は、来年後半の総選挙で巻き返しを狙いたいところだが、軍政は政治活動禁止を一向に解こうとはせず、解除時期も明言していない。
なお11日から12日にかけ、タイ王室の保養地としても知られる中部のリゾート地フアヒンの繁華街など5カ所で爆弾が爆発し、4人が死亡、少なくとも34人が負傷するという不穏な事件も発生している。窮鼠(きゅうそ)猫をかむではないが、あまりに性急な追い込みは予期せぬしっぺ返しを食らいかねないリスクを背負い込む。