ドゥテルテ比大統領が初の施政方針演説

南シナ海問題では中国への批判避ける

共産党との和平に意欲

 7月25日、フィリピンのドゥテルテ大統領は、マニラ首都圏ケソン市にある下院議事場で、就任後初となる施政方針演説を行った。その中で大統領は、改めて麻薬撲滅への決意を語る一方、南シナ海問題をめぐっては、仲裁裁判所の判断に関して短く触れるにとどまり、中国への不必要な刺激を避けた格好となった。またフィリピン共産党との停戦を宣言し、和平交渉再開への意欲を強調した。(マニラ・福島純一、写真も)

ドゥテルテ大統領

7月25日、マニラ首都圏の下院議事場で演説するドゥテルテ大統領=大統領府公式ウェブサイトから

 演説は約1時間半にも及んだが、多くは国内問題に関する内容だった。とりわけ犯罪対策に関しては長い時間を割き、相次ぐ容疑者の射殺で浮上している人権問題に関して国民に理解を求めた。特に麻薬犯罪に関して大統領は、「全ての麻薬容疑者が牢屋に入るか地面の下に埋葬されるまで、摘発をやめるつもりはない」と言い切った。国家警察によるとドゥテルテ大統領が就任してから約1カ月の間に、400人以上の麻薬容疑者が射殺され、逮捕者は5000人以上、自首した麻薬密売人や使用者は56万人にも達した。また容疑者の射殺に関する人権擁護団体からの非難に関しては、「人権は人間の尊厳を高めるためにあり、我々の国を破壊する口実に使うべきではない」と反論。今後も現在の方針を貫く姿勢を示した。

 南シナ海の領有権問題に関しては、「オランダ・ハーグの仲裁裁判所の判断を強く尊重する」と短く触れただけにとどまり、中国を名指しした批判は避けた。大統領は、これまでも中国と二国間交渉を目指すにあたり、中国への刺激を極力避ける姿勢を前面に押し出している。

 その一方で大統領は、中国との交渉実績があるラモス元大統領を大統領特使として任命するなど、二国間交渉の準備を着々と進めており、7月27日にはマニラ首都圏の大統領府で、国家安全保障会議(NSC)が行われ、大統領のほか、アキノ前大統領、アロヨ元大統領、エストラダ元大統領、そしてラモス元大統領も出席。フィリピンが直面している南シナ海の領有権問題など深刻な課題に関して、大統領経験者たちから意見が出された。これだけの大統領経験者が一堂に会するのは異例のことで、会議は5時間も続いた。この会議はラモス氏が提唱したもので、各大統領の意見は中国との交渉に生かされる見通しだ。

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マニラ首都圏の下院議事場近くに集結しドゥテルテ大統領の演説に耳を傾ける左派系デモ隊

 一方、和平交渉を再開する予定のフィリピン共産党をめぐっては、演説の中で軍事部門である新人民軍(NPA)との一方的な停戦を宣言し聴衆を驚かせた。これを受け国軍のビサヤ国軍参謀総長は、演説の翌日に全ての国軍部隊に対し、NPAに対する軍事作戦を停止するよう命じた。しかし27日には、フィリピン南部ダバオ州で、NPAが政府系民兵組織を襲撃し、民兵1人が死亡、4人が負傷する事件が起き、大統領は停戦の撤回を宣言。国軍部隊や国家警察はNPAへの軍事作戦を再開した。フィリピン共産党の創始者であるシソン氏は、「気まぐれでチンピラのようだ」と大統領の対応を非難したが、今月20日からノルウェーで行われる和平交渉に関しては中止しない方針を示しており、これに合わせて停戦を宣言する用意があることを明らかにしている。

 またイスラム勢力との和平問題に関しては、「イスラムの兄弟たちよ、数世紀にわたる不信と戦争を終わらせよう」と呼び掛け、和平プロセスの前進に全力を尽くすことを約束。一方、国内や近隣諸国で身代金目的の誘拐を繰り返しているイスラム過激派のアブサヤフに関しては、「宗教的な情熱を装った犯罪者」と強く非難。インドネシアやマレーシアと海上警備で連携を強化し、国軍による掃討作戦を続ける方針を示した。

 また会場となった下院議事場の周辺では、恒例となっている左派系グループによる抗議デモが行われ、約1万4000人のデモ隊が集結した。しかし、大統領がフィリピン共産党との和平方針を打ち出していることもあり過激な抗議活動はなく、施政方針演説に耳を傾け拍手を送るなど、極めて平和な異例の光景となった。