蔡英文台湾総統があす就任
大陸側から「一つの中国」圧力
日米との関係強化で現状維持図る
台湾の民進党党主席の蔡英文氏が20日、台湾総統に就任する。台湾初の女性総統の誕生だ。その就任演説で注目される最大の課題は中国が求める「一つの中国」に対してどういったスタンスを取るかだ。大方の見方は、「中国と台湾は不可分の領土である」ことを意味する「一つの中国」を認めた国民党とは一線を画し、「独立」でも「統一」でもない中台関係の「現状維持」を求めることになるというものだ。当然、中台関係はギクシャクした関係からスタートすることを余儀なくされるが、日米がそうした台湾の「現状維持」路線を強力にバックアップできるかどうかが問われてくることになる。
(池永達夫)
自立と繁栄のジレンマから脱却へ
「現状維持」というのは何もしないというわけではなく、むしろ「台湾の民主主義と両岸の平和的現状」を守るためのものだ。蔡次期総統の本音とすれば「独立」かもしれないが、それを言った途端、中国は反国家分裂法を盾に実力行使も辞さない覚悟だ。反国家分裂法は2005年3月、中国が台湾の独立阻止を目的に採択した国内法で「平和的統一の可能性が完全に失われた場合、非平和的措置および他の必要な措置を取る」と明記されている。いわば台湾が独立の旗を掲げた場合、中国は武力介入できることを正当化したものだ。具体的には台湾が急進的な独立路線へ舵(かじ)を切った瞬間、中国は対岸の福建省に準備された1400基ものミサイルを発射準備段階にするとともに、大陸中国に投資した台湾企業の活動に制約を加える。
人口2300万人の台湾にとって、13億人の人口を擁する中国は巨人だ。しかも体がでかいだけでなく、強権統治の中国は少々荒っぽくもある。そうした中国に対し、これから台湾を率いることになる蔡次期総統は「現状維持」路線で対抗する。かつて毛沢東は広大な中国国土を活用し、敵を人民の海に引き込んで殲滅(せんめつ)するという人民戦争論を展開したが、蔡次期総統は地理的戦略の活用ではなく、時間的戦略の活用で対抗しようとしている。蔡次期総統とすれば、台湾が共産党一党独裁政権の中国と「統一」を果たせば、「第二の香港」になるだけとの危惧がある。台湾としても、中国が民主国家であれば「中台統一」を断る理由はない。そのための時間的戦略の活用というわけだ。
中国の恫喝(どうかつ)
なお中国は、台湾を何としても「中台統一」のレールに乗せるため、これまで民進党に対し恫喝とも思えるような圧力を加えてきた。
中国は3月、西アフリカのガンビアが2013年に台湾と断交後、馬英九政権に配慮して棚上げした同国との国交をこれ見よがしに締結。台湾と外交関係がある22カ国の切り崩しもうかがう趨勢(すうせい)だ。
さらに先月には、アフリカのケニアで電話などを使って発生した中国国内での詐欺事件で摘発された台湾籍45人が台湾ではなく中国に身柄を移された。また同月、マレーシアで摘発された台湾籍の32人が同様、中国に送られている。中国は国内事件の容疑者だとして、台湾が求める身柄に応じていない。中国とすれば水面下での処理も可能だったが、衆人環視の中、あえて台湾に露骨な嫌がらせを断行し、政治的圧力を加えたかったもようだ。
さらに経済面では、中国主導の「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)に参加を希望する台湾に、「中国財務省を通じた(加盟)手続き」を要求。中国とすれば台湾の加盟手続きも香港同様、国内的処理をすることで「一つの中国」原則の中に、台湾を封印しようとの政治的思惑が透けて見える。
日台関係の強化
台北駐日経済文化代表処の代表として赴任する謝長廷氏の課題は、環太平洋連携協定(TPP)加盟のための下準備と日本版台湾関係法の制定だ。米台の軍事同盟である台湾関係法は、米国が台湾居民の安全・社会制度を脅かすいかなる武力行使にも対抗し得る防衛力を維持し、適切な行動を取らなければならないとするものだ。それを日本でも制定しようというのだ。それができれば、中国の武力統一に向けた冒険主義を牽制(けんせい)することになる。
日本にとって台湾は、安全保障の要となる要衝の地にある。台湾が中国にからめ捕られるようなことがあれば、中東からの天然ガスや石油タンカーの航路はその安全を脅かされることになる。日本と台湾は同じ民主主義国というだけでなく、欠くことのできないシーレーンの一部を形成する。
その意味では、極東の安全保障と経済的繁栄に台湾は大きく関わっている。
台湾とのビジネス交流を積極的に進めることで外堀を埋め、中台統一への政治決定を促すよう囲い込む「以商囲政」方針を取ってきた中国にとって、台湾が日米との貿易など経済活動を強化させる台湾のTPP参加は、その外堀を掘り返すことにも等しく、あらゆる手だてを行使して妨害圧力を加えてくるだろう。
だが台湾はそうした中国のブラフに臆してはならない。
今日の香港は明日の台湾
国民党が支持を失った最大の理由は、馬政権が推進した対中融和路線だった。
馬政権は中台直行航空便など「大三通」を実現させ、中台間の自由貿易協定である経済協力枠組み協定(ECFA)を締結するなど中国との関係を大幅に進展させた。
しかし、馬政権下で台湾は経済的に中国にのみ込まれるとの不安が広がったことで2年前、立法院を占拠した「ひまわり学生運動」につながった経緯がある。
さらに追い打ちをかけたのは香港の「雨傘革命」だった。
香港では学生グループを中心とする市民が、香港特別行政区トップ・行政長官の普通選挙を求め、香港主要各地の街頭を占拠。中国は普通選挙は実施するものの、候補者選定は選挙委員会が行うとしたが、香港市民は中国当局にとって都合の悪い人物は候補者から外されるシステムを嫌い、全面的な直接選挙という民主化要求を突き付けたのだ。
この香港の「雨傘革命」騒動で、台湾は「一国二制度」の偽善を学習した。
「今日の香港は明日の台湾」でもある。鄧小平は50年間は社会主義政策を香港で実施しないことを約束した。だが中国が約束した「一国二制度」の実体が「雨傘革命」で明らかになった。
中国にのみ込まれる香港を見て、対中依存を深める台湾も同じ道をたどる懸念が危機感にまで高まったのだ。
馬政権はまんまと「以商囲政」の疑似餌に引っ掛かったが、現状維持を望む台湾国民からレッドカードを突き付けられた格好だ。
その馬政権に代わって、これから台湾をリードしていく蔡次期総統とすれば中国依存の度合いを減らすことで、台湾の生き残りを図ることになる。
その台湾の生き残り策を有効なものにするためには、強力な後ろ盾となって台湾をバックアップする確固とした日米の協力体制構築なしには難しい。
陳水扁政権は急進的な台湾の自立を求めて失敗したが、馬英九政権は繁栄を求めて親中路線を取り失敗した。「自立と繁栄のジレンマ」の中に苦しんできた台湾のトップにあす、就任する蔡次期総統の肩にかかる責務は重いものがある。







