EV投入で切り崩し図る中国 生産ハブのタイへ集中攻勢
「日本車王国」東南アジア
東南アジアの自動車市場は、日本車が圧倒的シェアを誇る「日本車王国」だ。中でも筆頭格のタイでは日本車シェアは9割とダントツだ。だが、東南アジアの自動車市場は、急速に雲行きが怪しくなっている。台風の目となるのは中国製EV(電気自動車)。囲い込んだはずの強固な堤防に、電動化という小さな穴が開いた。これが巨大な堤防を突き崩す「蟻(あり)の一穴」になるかどうか目が離せない。(池永達夫)
東南アジア諸国連合(ASEAN)域内の自動車生産ハブを自任するタイは、EV分野でも優位性を保持しようと、国内のEV生産台数(バイク含む)に関し「2030年までに国内の自動車生産台数の30%をEV」とする野心的な新目標「30/30政策」を掲げた。
30年の具体的な目標EV生産台数は、乗用車・ピックアップが72万5000台、バイク67万5000台、バス・トラック3万4000台となっている。20年末におけるタイのEV累計登録台数は、バッテリー電気自動車(BEV)が2202台、ハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)が17万9034台でしかないことから画期的な数字目標となる。
タイ政府の背中を押しているのはインドネシアだ。燃料電池の原料となるニッケルの生産量で世界一の規模を誇るインドネシアは、ニッケル鉱石の輸出を禁止する方針を打ち出したこともあり、海外大手メーカーの間では同国をASEAN域内のEV生産拠点にする動きが加速する趨勢(すうせい)にある。手をこまねいたままでは、ASEAN域内の自動車生産ハブのポジションを他国に譲り渡しかねないことを懸念したタイ政府にEV生産でも先手を打たしめた格好だ。
EV市場の活性化を促すためには、価格の廉価性を確実なものにすると同時にEVスタンドの整備などが課題となる。年内にEV充電スタンドを13カ所から35カ所に増設する意向を表明したタイ発電公社は、ドイツ車メーカーのアウディ、BMW、メルセデスベンツ、ポルシェ、中国・上海汽車傘下のMG、日産自動車など6社と共同で、EV充電インフラの開発も進める。
また国営石油公社(PTT)も、現在の33カ所に加えて100カ所を増設する計画を発表、来年中に3000カ所のEV充電スタンド設置を目標としている。
スパッタナポン副首相を議長とする国家電気自動車政策委員会(EV委員会)は30年までに、国内に乗用車・ピックアップEV用の充電設備を1万2000カ所、タクシー・配送業が使うEVバイク用のバッテリー交換ステーションを1350カ所設置する方針を打ち出している。
こうしたEVの新潮流に乗り、既存の自動車生産の覇者たちを切り崩そうとしているのが中国だ。その先陣役を果たしているのが、中国・上海汽車がタイトップの財閥CPと組んで展開するEV「MGEP」だ。
「モーリス・ガレージ」を略したMGは、イギリスのスポーツカーのブランドとして世界に知られている。それが05年に、MGブランドを擁する英MGローバーは南京汽車に買収され、2年後には上海汽車が南京汽車を買収し、MGは上海汽車傘下に入っている。
そのMGのEV車「MG EV」の販売価格は約99万バーツ(約325万円)と、先行する日産自動車のEV「リーフ」のタイでの販売価格に比べ約半値だ。しかも、燃費も悪くないとされる。「MG EV」の航続距離は380キロメートル。1回のフル充電の電気代はおよそ200バーツ(約700円)と同じ距離を走るガソリン代の4分の1だという。
タイのEV市場をほぼ独占しているのはMGだが、9月末には中国自動車大手の長城汽車がタイでEVを展開すると発表した。さらに重慶長安汽車は今年中にも、タイへのEV投入を計画している。中国は地域の自動車生産ハブ・タイのEV市場へ集中攻勢をかけることで、「日本車王国」東南アジアの自動車地図を塗り変えようとしている。