警戒要する中国「マスク外交」

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一帯一路の関係国中心に支援

 新型コロナウイルスが世界中に拡散する中、発生源となった中国は感染拡大国へマスクや医療器具を送るなど支援外交に動いている。しかし、過去の歴史から見ても善意から困窮国に支援の手を差し伸べていると見るのは早計だ。中国の「マスク外交」の背後にある中国の覇権主義を警戒しないと、とんでもない罠にはまりかねない。(編集委員・池永達夫)

一方で輸出規制の恫喝も辞さず

 中国が医療用マスクや防護服、ウイルス検査キットなどの物資を援助した国は127カ国に上る。

中国の医療支援団

イタリアに到着した中国の医療支援団=3月18日、北部ミラノ(EPA時事)

 とりわけマスク外交に力を入れているのが、国家プロジェクトとして推進中の経済圏構想「一帯一路」の関係国だ。ユーラシア大陸西部の橋頭堡となっているイタリアやセルビアなどへの医療支援が顕著だ。

 セルビアでは先月21日、首都ベオグラードの空港でブチッチ大統領が中国からの医療支援団を出迎え、人工呼吸器や20万枚のマスクを受け取った。

 また、いわゆる“債務の罠”で中国が運営権を握ったピレウス港などがあるギリシャでも同日、中国から寄付された50万枚のマスクが届けられた。

 そして中国の先進7カ国(G7)切り崩しに一役買い、一帯一路の協力覚書を交わしたイタリアには3月12日と19日に、中国人医療支援団第1、2陣がそれぞれ到着、医療活動にあたっている。さらに中国はスペインやフランス、チェコなどにも医療物資を送り、医療支援を通じさらなる関係強化を図ろうとしている。

 中国が狙っているのは、新型ウイルスを最初に出した汚名を払拭(ふっしょく)させると同時に、感染拡大国の弱みに乗じて国際的影響力の強化を図ろうというものだ。

 アジア太平洋交流学会の澁谷司会長は「中国のマスク外交は見せかけだけのパフォーマンスだが、したたかさには警戒が必要だ」と警鐘を鳴らす。マスク外交は、新型コロナ感染拡大で一時失いかけた政治的求心力を取り戻す習近平政権のパフォーマンスではあるものの、一帯一路のネジを巻き返すことで世界を配下に治める「中国の夢」への布石を打とうとしているというのだ。

 習近平政権は、昨年の新型ウイルス発生を数週間以上も隠し続け、真実を語った医師を沈黙させ、科学的調査を妨害してきた。さらに米中対立が激化したことに、共産党内部でも責任を問う声が上がっている。

 何より中国国民と世界の人々の健康に脅威を与え、多くの人々を死に至らしめ、経済社会を窒息させるような大混乱に陥れた責任は免れない。

 マスク外交は、こうした汚点を消そうというだけでなく、死の淵に追い込まれた感染拡大国の弱みにつけ込み、恫喝(どうかつ)さえ辞さないえげつなさを伴っている。

 中国共産党の機関通信社、新華社が3月4日に掲げた社説には次のくだりがある。

 「中国は医薬品の輸出規制をすることも可能だ。その場合、米国はコロナウイルスの荒海に投げ込まれることになる」

 これは人々の命を人質にとった恫喝ともいえる。

 中国は抗生物質、鎮痛剤など世界の医薬品有効成分の40%を製造しており、米国は抗生物質の80%を中国から輸入している。中国は平時の経済活動でも、いつでも政治目的を遂げるためのバーゲニングパワーに転じる国だと覚悟しておく必要がある。日中関係が混乱した折、レアアース(希土類)の輸出を絞ってきたことも記憶に新しい。

 警戒すべきは「衣の下の鎧」ならぬ「マスクの奥に潜む牙」だ。