カンボジアが仮想通貨バコンを試験導入
 カンボジア中央銀行は今春にも、P2P(ピアツーピア)取引を可能にする仮想通貨バコンを導入する。東南アジアでIT先進国のシンガポールやマレーシアではなく、IT後進国のはずなカンボジアが、なぜ金融版パンドラの箱をこじ開けようとするのか探ってみた。
(池永達夫)
二重通貨問題解決も
デジタル人民元狙う中国も注視
少額のリテール決済から高額の銀行間取引まで可能とされる仮想通貨バコンは、昨年7月から試験的導入が始まっている。
これまでのテストで、カンボジア最大の銀行アクレダを含む9行などと接続。数千人のユーザーが実際に、送金や店舗での支払いを行っている。タイ中央銀行やマレーシア銀行最大手のメイバンクなどでも、バコンを使った国際決済・国際送金システムが動き出した。
従来の銀行口座を介した企業間送金では、資金の流動性の低さが問題となっていた。つまり振り込みがあっても、いちいち着金確認してからでないと事実上、その資金を使用できないからだ。その点、バコンはそれ自体が現金と同等の価値を持つため、後日の着金確認などの必要がなく、そのままキャッシュとして使用でき、資金の流動性が高い。
しかも、バコン利用者は、送金先の銀行口座番号を知らなくても、相手の携帯電話番号宛てに直接送金したり、QRコードをスキャンして決済や送金が可能だ。無料で現地通貨のリエルや米ドルの決済・送金ができる。
なお、2017年版世界銀行統計によると、カンボジアの15歳以上の国民のうち、78%が銀行口座を開設していない。一方でスマートフォンの普及率は150%にも達するため、銀行口座のない相手に送金できるこの仕組みの社会的ニーズは高いものがある。
いわば、既得権益者や技術的呪縛が少ない後発国故の蛙飛びが可能なメリットを、金融の世界で発揮できるのだ。
無論、サイバー攻撃で盗まれるリスクを排除したり、ブロックチェーン技術の安全を担保するためになすべきことは多い。だが、そうした課題を確実にクリアさえできれば、カンボジアは現在の二重通貨の呪縛から解放される。
通貨問題におけるカンボジア当局の嘆きは、自国通貨リエルがありながら、その信認度が低く、長い間、国際通貨ドルが現実に流通する通貨として機能してきた二重通貨体制にある。
ホテルなどではドルでの支払いが一般的だし、大手のスーパーではリエルとドル建ての2通貨での領収書が切られる。ただ、高額ドル紙幣で支払いを済ますと、大抵、お釣りはリエルであったり、ドル紙幣であっても古い紙幣だったりする。カンボジア社会では現在、古いドル紙幣は多くの場合、受け取ってもらえることが少ない。偽ドル紙幣問題が絡んでくるからだ。
こうしたカンボジア経済の矛盾の一つである二重通貨問題を、バコン導入が解決するかもしれないのだ。これが成功すれば、金融世界で一気にカンボジアはモデルになるのも夢ではない。
とりわけ中国はカンボジアの実験を、固唾をのんで見守っている。
西側世界でフェイスブックの仮想通貨リブラが頓挫したのを横目に見ながら、中国は人民元デジタル通貨の導入を考えている。
関税問題で一旦、休戦状況にある米中新冷戦ながら、技術を核心とする覇権競争は20年、30年続くものと想定される。その中で中国が確保したいと思っているのが、金融世界での橋頭堡(きょうとうほ)だ。国際通貨としての人民元の認知はその一歩となる。
今は基軸通貨とは言えない人民元ながら、ドルを介さずデジタル人民元で決済や送金が可能となれば、少なくともドルの一極体制は切り崩すことにつながるからだ。











