台湾総統選 警戒要す中国の巻き返し

台湾総統選 吹いた蔡旋風(下)

 台湾の呉釗燮・外交部長(外相)は総統選投開票日前の9日、海外メディアと記者会見し、今回の総統選に向け、「フェイクニュースやネットメディアなどさまざまな方法で中国が介入している」と「紅(あか)い工作活動」に懸念を表明した。

呉燮・外交部長

中国の拡張主義を批判する呉 燮・外交部長9日、台湾外交部で

 中国は近年、諸外国にシャープパワーを行使し始めている。シャープパワーとは、海外への世論操作や工作活動などの手段で、自国に有利な状態をつくり出していくものだ。

 台湾立法院は昨年の大みそか、「反浸透法」を急遽(きゅうきょ)可決した。こうしたシャープパワー封じ込めが一つの目的だ。「域外の敵対勢力」による献金やロビー活動、フェイクニュースの拡散などを行った場合、5年以下の懲役とする。

 「一国二制度」の欺瞞(ぎまん)を見抜き中国の統一攻勢に脇が固い蔡英文総統再選を中国は、何としても食い止めたかったはずだ。

 今回の総統選では、豪州に亡命申請している中国のスパイ王立強氏の事件が台湾のマスコミを賑(にぎ)わせた。日本のメディアの扱いは小さかったが、台湾紙では1面トップだ。

 王氏は香港では軍情報部に所属し、韓国の偽パスポートを使って台湾に出掛け蔡総統続投阻止のため、フェイクニュースや撹乱(かくらん)情報を流すためメディアを活用していることを暴露した。

 今回の総統選こそは、中国にとって正念場だった。長らく「以商囲政」(ビジネス関係を強化し、政治の本丸を囲む)路線を取ってきた中国が、いよいよ本丸の政治工作に動けるチャンスだったからだ。

 中国は「核心的利益」をしばしば口にする。台湾や南シナ海、それにウイグルとチベットなどが入る。核心的利益とは、戦争をしてでも守り抜く国家主権の核心をいう。

 中国が統治もしていない台湾がそこに入るのは、第2次世界大戦後、蒋介石総統率いる国民党を大陸から放逐し共産党政権を樹立したものの、国民党は逃げ込んだ台湾で生き延びたからだ。その台湾併合こそは、北京の中南海において強力な政治的求心力を保証する魔法の杖(つえ)ともなる。

 半世紀に及んだ日本統治時代に日章旗が翻っていた総統府に、国民党政府の青天白日旗が立った。そこに五星紅旗を据えることができれば、習近平氏は押しも押されもせぬ権威を手にすることができる。

 建国の立役者である毛沢東も、香港を英国から取り戻した総設計師・鄧小平もできなかったことから、これを成し遂げれば両者を超えることにつながるからだ。

 とりわけ米中貿易摩擦のあおりを受け、中国経済の下落傾向が顕著だ。

 さらに中国は2021年に共産党結党100年、22年には第20回党大会と相次いで節目を迎える。

 習近平国家主席にしてみれば、何としても求心力強化の実績が欲しいところだ。

 文筆家・黄文雄氏の持論は「台湾はベネチアの轍(てつ)を踏むな」というものだ。大航海時代を迎えて衰退していた通商国家ベネチアは、国民投票でイタリアとの統一を望み、亡国の道を行った。今回、国民党候補の韓国瑜高雄市長が当選していれば、ベネチア同様、中国にからめ捕られた懸念があったが、それで諦める中国ではない。

 中国の「台湾統一工作」の本格的巻き返しを警戒しないといけない。

(台北・池永達夫)