与党は抑止力向上へ安保法案の成立期せ


 ――父母や子供たちが味わった悲惨と不幸を思う時、戦争に勝者も敗者もない。だから戦争の悲劇を何としても避ける。それが私の義務だ――。

 英国の首相はそう考え、「欧州の平和」を願ってナチス・ドイツに譲歩し、協定を結んだ。ところが、それは英国が大陸に干渉しないという「誤ったメッセージ」となり、ヒトラーは戦争の火蓋(ひぶた)を切った。

 野党6党が阻止で一致

 これが「チェンバレンの融和外交」だ。米国際政治学者のジョセフ・ナイ氏は、第2次世界大戦は「抑止の失敗の産物」と指摘している(『国際紛争 理論と歴史』有斐閣)。この前轍(ぜんてつ)を踏みはしないか、わが国は今、岐路に立たされている。

 国会は安全保障関連法案をめぐって今週、重大な局面を迎える。民主、維新、共産などの野党6党は先週、国会内で党首会談を行い、「あらゆる手段で成立を阻止する」(岡田克也・民主党代表)と気勢を上げた。内閣不信任決議案の提出も視野に入れるという。

 巷間(こうかん)では、安保法案に「戦争法案」とのレッテルを貼り、「戦争させない」「子どもをころさせない」といったスローガンを掲げる反対デモが繰り広げられた。まるで「チェンバレンの亡霊」が徘徊(はいかい)しているようだ。

 抑止力を高める。それが安保法案の核心だ。東アジアの安保環境は激変している。中国は「抗日戦争の勝利を記念する」とした初めての軍事パレードを行い、強大になった軍事力を内外に誇示した。習近平国家主席は大清帝国の勢力圏の復活を目指す「中国の夢」を語ってはばからない。

 西太平洋を「青い国土」(李克強首相)と称し、海洋強国も掲げる。南シナ海で人工島を造って軍事要塞化をもくろみ、東シナ海でも同様の動きを見せる。北朝鮮は核・ミサイル開発をやめず、軍事挑発を繰り返している。

 チェンバレンの時代にも同じような動きがあった。1932年に政権を獲得したヒトラーは、神聖ローマ帝国やドイツ帝国を継ぐ「第三帝国」を掲げ、35年に再軍備を宣言、ベルリン五輪の36年にライン非武装地帯に進駐した。

 それにもかかわらず、抑止力の整備を怠った。「チェンバレンの罪は、状況を正しく把握していないことへの無知と傲慢(ごうまん)にあった」とナイ氏は言う。その前轍を踏まない。そのために「時代の変化から目を背け、立ち止まるのはもうやめよう」(安倍晋三首相)。それが安保法案の目的だ。

 同法案をめぐる参院平和安全法制特別委員会での審議時間は約73時間(4日時点)に上る。衆院特別委(116時間)のすでに6割超だ。与党は今週、審議を重ね、来週初めに採択の前提となる公聴会を開き、その後、速やかに成立を期すとしている。当然の認識だ。

 歴史的使命を果たせ

 安保法案が成立しなければ、日米同盟を強化せず、中国の海洋進出も容認するという「誤ったメッセージ」になりかねない。「抑止の失敗」に陥らず、東アジアの平和と安全を守る。与党はそう自覚して安保法案の成立を期してもらいたい。これは歴史的使命と言ってよい。

(9月7日付社説)