緊急事態宣言 憲法改正を置き去りにするな


 中国湖北省武漢市で発生した肺炎を伴う新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、首相による「緊急事態宣言」を可能にする新型インフルエンザ等対策特別措置法改正案があす成立する。しかし、非常時に私権制限する緊急事態宣言について憲法に明文がないままであり、特措法による対処は弥縫(びほう)策の繰り返しにすぎない。

 新型肺炎で行事中止続く

 新型肺炎の感染が深刻な事態を世界各国で起こしており、わが国でも政府の要請により学校の臨時休校や春の高校野球はじめ各種行事の中止・自粛が続く中で、特措法改正は安倍晋三首相と立憲民主党の枝野幸男代表をはじめとする各党との合意で実現する運びになった。

 新型インフルエンザは2009年に流行し、同特措法は民主党政権によって制定された。このため、新型コロナウイルスをおよそ1年の期限付きで対象に加えることは、旧民主党出身の野党各党の理解を得やすく早期成立に好都合なことは確かだ。

 しかし、それでも同法成立までには世界保健機関(WHO)が緊急事態宣言を発してから1カ月半近くも経過することになり、個別の事案に対して特措法案を審議していては初動に後れを取ることになる。

 このため、先に政府は呼び掛けの形で臨時休校はじめさまざまな要請を行わざるを得なかった。国民や社会が概(おおむ)ね協力的に応じているのは幸いなことだが、法の不備は否めず、マスクの高額転売や流言飛語からトイレットペーパーなどが品薄になるなど一部に混乱を招いた。

 また、東日本大震災から9年を迎えた11日の政府主催の追悼式も中止になったが、巨大地震と大津波、原発事故という未曽有の事態に遭遇しながら初動が遅れた教訓がある。

 当時も迅速な救助、復興に向け、憲法に緊急事態条項を盛り込む議論が野党だった自民党から起きた。12年に同党がまとめた憲法改正草案には「緊急事態」を新設。一昨年には、審議のたたき台として①自衛隊明記②緊急事態対応③参院選合区解消④教育充実――などを提案した。

 しかし、国会の憲法審査会は開店休業の状態が続き、新型コロナウイルス感染拡大という歴史的な非常時に直面しても、いまだに憲法改正に結び付いていないために対処が後手に回るのは残念なことだ。

 今回の特措法改正でも緊急事態宣言がなされれば都道府県知事が対応を取り、外出の自粛要請、興行施設の使用制限や興行中止、臨時病床などの開設のために土地・建物を所有者の許可なく使用することなど私権制限が可能となる。

 このため、緊急事態を極力宣言しなくても済むように専門家の意見を踏まえて慎重に判断する。また、政府は国会に事前報告することが付帯決議に盛り込まれたが、事態の長期化を専門家が予想する中でさまざまな出来事にも対処できるようにしておくことも重要だ。

 国会で冷静な論議を

 国家国民の非常時にこそ政府の役割が増すのであり、そのような時のために憲法の規定を考える冷静な論議が国会で並行して行われるべきだ。