宮城県気仙沼市、節目の祈り犠牲者悼む


村井県知事が追悼の辞「心のケアや地域再生が最優先」

発生から10年を迎えて行われた追悼式典=11日午後、宮城県気仙沼市の同市総合体育館(辻本奈緒子撮影)

発生から10年を迎えて行われた追悼式典=11日午後、宮城県気仙沼市の同市総合体育館(辻本奈緒子撮影)

 東日本大震災の津波により甚大な被害を受けたで11日、発生から10年を迎え追悼式が行われた。政府主催の追悼式を中継したあと、震災が起こった午後2時46分、全体で黙祷(もくとう)し犠牲者を偲(しの)んだ。

 追悼の辞で、村井嘉浩宮城県知事は「気仙沼市は三陸沿岸道路の唐桑半島インターまでの開通など復興への取り組みがしっかり形になると共に、21年のNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』の舞台となるなど、復興の先に向けた強力な追い風が吹いている」とした。また、「今もなお将来への不安を抱える人々がたくさんいることを忘れることなく、被災者の心のケアや地域コミュニティーの再生などに引き続き最優先で取り組みたい」と力を込めた。

 遺族を代表してあいさつした松下尚子(たかこ)さんは震災当夜、避難所運営に尽力した心境や支援物資を持ってきてくれた人々への感謝を述べ、娘を車から降ろした後に津波の犠牲になった夫について「娘を守り、息子に見つけさせ、自身の誕生日に帰宅した、優しい夫らしい人生の幕引きだった、と自分に言い聞かせている」と振り返った。

 式典が行われた総合体育館は震災後、避難所となっていた場所。同市では震災により、関連死を含む1200人余りが犠牲となり、未だに200人以上が行方不明になっている。

(辻本奈緒子)