中国・華為技術が狙う東南アジア市場

 中国の華為技術(ファーウェイ)が東南アジア市場取り込みに躍起となっている。中国側とすれば「米中テック冷戦下」で欧米などファーウェイ外しが本格化する中、経済面では同国と強い関係を持つ東南アジアを自陣に取り込む思惑がある。習近平政権はユーラシア経済圏構想「一帯一路」の関係国に対し、中国独自のネット空間拡張を狙った「デジタルシルクロード」構想を推進中で、東南アジアはその重点地域の一つとなっている。
(池永達夫)

「デジタルシルクロード」の重点地域
シンガポール、ベトナムは華為排除

 デジタル経済に対応した「産業の高度化」は、東南アジア諸国にとっても生き残りを懸けた課題となっている。

中国・北京のファーウェイのショールーム(UPI)

中国・北京のファーウェイのショールーム(UPI)

 その先陣役を担っているのがシンガポールで、バイオ医療やデジタル経済などの技術開発重点分野には、5年間でそれぞれ190億シンガポールドル(約1兆5000億円)の予算が割り振られるなど政府主導で取り組んでいる。

 また、日本のデジタル庁設立より早くデジタル経済社会省を開設したタイも、産業構造の高度化を図る国家プロジェクト「タイランド4・0」を策定し、中核となる「東部経済回廊(EEC)」に先端技術産業の集積を図りたい意向だ。さらに、IT産業を中心とするサービス・知識集約型産業育成を主軸としたマルチメディア・スーパーコリドー(MSC)計画を国策としてきたマレーシアなども先端技術開発に将来を託す思いは同じだ。

 こうした東南アジア諸国にとって、地域で経済的求心力を強める中国を無視できず、一元的に米国の意向になびくことができない状況がある中、第5世代移動通信システム(5G)導入に関わるファーウェイが攻勢を強めている。

 同社は一昨年、5G関連事業に関しインドネシア政府と協力することで合意した。同社はクラウドや5G関連など、デジタル人材10万人の育成事業に乗り出している。同社とすれば、デジタル技術者やソフト開発人材を育成することで、2億7000万人という東南アジア諸国連合(ASEAN)最大の人口を擁するデジタル市場に絶大な影響力を行使できると読み込んでいる。

 ファーウェイはタイでも昨年9月、5G研究施設を設立し、IT関連のスタートアップ企業をバックアップする技術開発支援事業を始めた。同社は7億バーツ(約24億円)を投じ、データセンター開設や5G活用による遠隔医療などタイでの活動を強化する意向だ。同社はタイを“ASEANのデジタル・ハブ”と位置付ける。

 また、5G商用ネットワークサービスを本格始動させたフィリピンの通信大手グローブ・テレコムは、ファーウェイをその中核設備のサプライヤーに指定している。そのほかマレーシアやカンボジア、ミャンマーでも国内通信事業者は同社との連携姿勢を保っている。

 一方、欧米に軸足を置き、ファーウェイと距離を取る国がシンガポールとベトナムだ。シンガポールでは通信大手が5Gの主要機器にファーウェイを採用せず、ベトナムでも通信最大手で国防省傘下のベトナム軍隊通信グループ(ベトテル)がファーウェイ排除に動き出した。

 ベトナムのファーウェイ排除には、2016年に首都ハノイとホーチミンの両空港が中国からとみられるハッカー攻撃を受けたことで警戒を強めた経緯があるが、とりわけ南シナ海をめぐり武力発動も辞さない中国の威圧的行動によって、中国に対する安全保障面での脅威や不信感が高まっていることが背景にある。

 世論調査でも中国に好感を持つと回答したベトナム人は1割に満たない状況で、中国への不信感は強いものがある。こうしたことから他は企業より安いという廉価性だけで、重要インフラを危険にさらすことはできないというのは国民的合意事項となっている。

 ただ、経済的実利より安全保障が優先されるという常識が、ASEAN的合意になっていないところが悩ましいところだ。

 ファーウェイはそうした灰色部分に食い込む形で影響力拡大を図るが、中国が17年に施行した国家情報法には、中国国民および企業は国家のインテリジェンス活動(諜報活動)を支援する義務があるとしていることから、いつ何時情報インフラから機密情報を中国に抜き取られるか分からないリスクが存在する。実利さえ与えれば、安全保障は二の次と中国に見透かされれば、将来に禍根を残す。