新しい宇宙秩序形成と日本

青木 節子

慶應義塾大学教授 青木 節子

米欧と行動規範を先導

時代遅れになった宇宙条約

 「宇宙の憲法」ともいわれる宇宙条約が発効してから半世紀近くがたった。その間、国連はさらに四つの宇宙関係条約の作成に成功したが、そのうち三つは、新たな規範を生み出すものではなかった。国連で採択された最後の条約、月協定(1979年)は、月の資源を「人類の共同遺産」と位置づけ、途上国の利益を特に考慮した国際共同開発を義務づける点は、宇宙条約にない新たな規範を生み出したとはいえる。しかし、自由競争に基づく活動を禁止したため、本格的な宇宙活動国は一国も月協定の締約国とはなっていない。13年12月現在、15カ国しかこの協定を批准していないので、真に国際的な意味での規範形成は、いまだに宇宙条約にとどまる。

 国連宇宙関係条約は、現在のように、宇宙活動がさかんになり、50カ国を超える国が衛星を保有し、民間宇宙ビジネスもさかんになった時代にふさわしいものではない。以下、宇宙関係条約では適切に活動をコントロールできない例を三つ挙げ、その状況をどう乗りこえるべきかを考えたい。

 第一に、法規則が存在しないがゆえの不都合である。すでに、小惑星の天然資源を探査し採掘するビジネスに乗り出した企業もある。また、非公式ながら中国は月のヘリウム3を核融合に用いてエネルギー不足を補う計画をもつといわれる。また、月に有人の長期滞在型の基地を造るときには、月の水資源も利用することになるだろう。

 宇宙条約は、宇宙の領有は禁止するが、その天然資源の獲得と利用については何も規定していない。「禁止されていないことは合法である」、として自由競争に任せる、というのもひとつの方法である。しかし、その結果、たとえば脆弱(ぜいじゃく)な月の環境を回復不能な程度に汚染してしまったならば、宇宙の進化を調査する上でも取り返しのつかない損失となる。まったく自由な資源獲得競争は、宇宙空間に多くの宇宙ゴミ(デブリ)を生み出すこともあり得る。科学的データに基づいた上での市場の自由と環境保護の調整原理となるような国際規範を作り上げた方が、長期的に持続可能な宇宙活動にとって有利と考えるべきであろう。

 具体的には、宇宙科学学会が出す知見や指標をもとに、宇宙機関間のガイドラインを作り、それを国内法で担保する、というやり方が現実的だろう。そして、ある程度その考え方が世界標準となったところで、国連でのガイドラインを作ることである。一足飛びに国連で討議すると、月協定がそうであるように、過度に規制の強いものとなり、人類の創意工夫に満ちた新しい活動を不当に規制するおそれがあるからである。

 第二に法規則が時代遅れになっている場合である。宇宙活動は衛星打ち上げから始まる場合が多いが、国連宇宙関係条約では、「打ち上げ国」―自国内に射場がないために外国に衛星の打ち上げを頼んだ国もそれに含まれる―が、その衛星落下や宇宙空間での衛星同士の衝突などから生じる損害について賠償責任を負うという規則になっている。これは、国家のみが宇宙活動をしていた時代には合理的な規則であった。

 しかし、民間企業が外国から衛星を購入し、さらに別の外国から打ち上げることが一般的な現在でも規則はそのままであることが問題である。収益目的で活動する民間企業の活動の結果を外国に対して負うのは企業ではなく相変わらず国家であり、そのため、国は、自国が「打ち上げ国」であり賠償責任を負うことを明示する国連登録を回避したり、民間企業の活動を厳しく制限したりすることもあり得るという状態になっている。

 本来は、条約を改正し、時代にあった規則にすればよいのだが、宇宙法の作成も任務とする国連宇宙空間平和利用委員会は、コンセンサス方式で運営されるため、メンバーが74カ国まで増えてしまった現在、新しい合意づくりはほぼ不可能である。ではどうするか。これは、民間宇宙活動から生じた損害を国が求償する仕組み、そのための企業の保険手配などを国内法で定めることにより、かなりの部分、問題解決を図ることが可能であろう。すでに20カ国近くが、自国の宇宙活動のレベルにあった国内法を制定している。日本も一刻も早く宇宙活動法を制定することが望まれる。

 第三に、宇宙の安全と安全保障が不十分であることが挙げられる。宇宙条約では、宇宙空間に大量破壊兵器を配置することを禁止するのみで、通常兵器で衛星を破壊することは自衛の範囲内であれば禁止されてはいない。中国の衛星破壊実験はこれまで3378個の軌道が確定されたデブリをまき散らし、低軌道でのデブリを25%増加させた。衛星破壊を禁止しなければならない。さいわいこの問題には、光明が見える。現在、国連の外で有志国が宇宙での行動規範づくりを行っており、14年には採択される見通しだからである。

 行動規範は、直接に宇宙の軍備管理を規定するものではないが、軌道の混雑情報、自国の宇宙物体の不具合や事故の情報提供、衝突回避のための通報制度、紛争時の協議制度など、初期の宇宙交通管理規則ともいうべきものを含んでおり、自由と規律の調整が企図されている。日本は、米欧とともに行動規範づくりを先導し、宇宙秩序の形成に貢献している。責任ある宇宙活動国として誇るべき行動といえよう。

(あおき・せつこ)