震災の風化を防ぐ防災教育

拓殖大学地方政治行政研究所附属防災教育研究センター副センター長 濱口 和久

濱口 和久

要注意のハザードマップ
津波に対する正しい認識を

 現在の大学生以下の日本人にとって、大正12(1923)年9月1日に起きた関東大正地震(関東大震災)も、平成7(95)年1月17日に起きた兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)も、自分たちが生まれる前の震災であり、社会科の教科書に載っている数多くの歴史上の一コマという認識でしかない。震災があったことすら知らないという若者もいる。

 さらに言えば、平成23年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が起きてから7年も経っていないが、日本社会では風化が始まっている。特に小学6年生以下の子供たちにとっては、関東大震災、阪神・淡路大震災に加えて、東日本大震災も教科書に載っている歴史の一コマなのだ。月日とともに災害を知らない世代が増えることにより風化が進んでいく中、風化を防ぐことは、次に起こる災害への備えにもつながる。だが、一部の学校を除けば、風化を防ぐための防災教育が行われているかと言えば、甚だ疑わしい限りだ。

 私が事務局長を務める一般財団法人防災教育推進協会(理事長・山岡耕春日本地震学会長)が、今年8月に47都道府県と1741市区町村(ここでいう区とは東京23区を指す)の教育委員会に対して「防災教育に関するアンケート調査」を実施した。調査結果の詳細はここでは省略するが、防災教育に熱心な自治体もあれば、ほとんど何もやっていない自治体があることが明らかになった。東日本大震災で大きな被害を出した東北地方の自治体でも、防災教育の取り組みに温度差があった。

 各自治体の判断でバラバラに行われている防災教育をこのまま続けていくのか。それとも、「防災」という教科を新たに作り、学校に防災を教えることのできる教員の配置や、専門家を派遣する仕組みを作るのか。調査結果から、教育委員会の防災教育に対するさまざまな悩みが浮き彫りになった。今後の防災教育の進め方や、方向性を考える上でも、活用できる貴重なデータを得ることができた。

 北朝鮮がミサイルを発射した際に、全国瞬時警報システム(Jアラート)が発令された場合の対応について、不安を感じているという教育委員会もあった。

 災害が起きた時、避難する上で、指針となるのがハザードマップだ。災害による地域の被害を予測し、被害の程度や範囲が地図化されている。ハザードマップは、洪水、内水、高潮、津波、土砂災害、火山、地震防災・危険度などの種類がある。ただし、あくまでも被害状況をシミュレーションしたもので、予測を超える災害が起きる可能性があり、参考にしても鵜(う)のみにすべきではない。

 東日本大震災では津波ハザードマップを百パーセント信用したことによって、避難が遅れ、宮城県石巻市の大川小学校では、児童74人、教職員11人が津波の犠牲となる。学校の管理下にある子供たちが犠牲になった事件事故としては、戦後最悪の惨事となった。

 実際、事前に作成されていた津波ハザードマップを見ると、大川小学校は津波が襲う危険地域には入っていなかった。海から約5キロ離れた地区に学校はあり、安全な地域ということで避難場所に指定されていた。そのため、地震が起きた3月11日も、地元の人が避難してきた。大川小学校以外でも、東日本大震災では多くの地域で、役所から事前に配布されていた津波ハザードマップよりはるかに内陸部まで津波が襲ってきた。そして避難場所も津波に襲われ、多くの方が犠牲となっている。

 海深が深いほど津波は速くなり、ジェット機並みの時速800キロ、水深10メートルでも時速36キロのスピードとなる。津波の浸水深が2メートルを超えると木造家屋は簡単に流されてしまう。津波は第一波よりも第二波や第三波の方が大きいことがある。押し寄せる力だけでなく、引く時も強い力で長時間にわたり引き続け、破壊した家屋などの漂流物を一気に海中に引き込む。陸地近くで津波は高くなり、かなりの高さまで陸上を駆け上がること(遡上)がある。

 以下、津波についての間違った認識の事例を紹介したい。

 ①津波の前に必ず強い地震を感じる→明治29(1896)年の明治三陸地震では、揺れを感じない人もいたが、大きな津波が押し寄せ多数の犠牲を出した②津波の前には必ず引き潮がある→東日本大震災では、津波の前に引き潮がくるという誤信から逃げ遅れた人たちがいた③地震が起きてから津波の到達までは時間がある→平成5年の北海道南西沖地震の津波では、第一波は地震が起きてから2~3分で奥尻島西部に到着している④津波は日本海側では起きない→昭和58(1983)年の日本海中部地震では、秋田、青森、山形の各県で10メートル超の津波による被害が出ている。

 災害は地震や津波だけではない。1年前の12月22日には、新潟県糸魚川市で120棟が全焼する市街地大火が起きた。この他にもあらゆる災害が日本列島のどこかで毎年起きている。ひとごとではなく自分ごととして災害と向き合う覚悟を、日本人一人ひとりが持たなければならない。

(はまぐち・かずひさ)