日本食のルーツは雲南に?!

金子 民雄歴史家 金子 民雄

茶と梅とコメの原産地
和食代表する梅干し茶漬け

 最近よく聞くことは、日本に来た外国人が日本の風景を楽しむ他に、その風俗習慣というか、特に日本の食生活に関心を持ち、それが好きになったという話である。

 そんなことは少なくとも以前には、ほとんど耳にすることがなかった。特に日本食(和食)は、外国人には向かないとよく言われていた。現実に日本食を出すと、ひどく敬遠する人が多かった。そのためうっかり外国人を家に招くと、振る舞う食事のメニューで困ることがあった。味と臭いがうまく合わず、私の希望で作ったものの、母親がいつも頭を痛めていた。

 外国人の接待では、社交や外交的な話題が多いのだが、こちらにとってはそんなことは二の次で、もっぱら食事のメニューを何にするのかが一番の難問だった。わずか十数年前でも今とは大違いで、刺し身などもちろん無理だったし、海苔(のり)など出したら、ゴミなど正気で食べさせる気なのか疑われる始末だった。そんな嘘(うそ)話などするなと気色ばむ人がいたら、時代の変化を知らないだけである。

 以前、中国南西の雲南省に、調べることがあって幾度か入ったことがある。ここは大変な僻地(へきち)なので中国人(漢族)ですら、そうめったに訪れる人はいなかった。ただし現地で出会った村や町の人たちは親切で、こちらが日本人だと知ると、まるっきり人種的偏見や差別意識などなく、特に十代から二十代の若い女の子はかわいらしく、大変歓迎してくれた。

 この時、知りたかったのは、実は茶のことだった。いま少し詳しく言うなら、茶の木の原種と、これが広まっていったルートと、どんな栽培法をしていたのか、いま少し歴史的背景を知りたいということだった。わが国では茶は日本が原産地だと信じている人が多いようで、確かに九州では茶の原種が見つかっているらしいが、茶の木の原産地は雲南地方で、ここから2000年近く前に日本にもたらされたらしい。

 雲南のシーサンパンナという所に着いたので、まず茶の販売店に行き、売られている茶の種類をざっと見てみた。十数種類ほど売られていた。そこで次に茶を栽培している茶畑に行き、この栽培主に会っていろいろ説明してもらったが、茶は茶だがどうも日本の種とは違っているらしい。茶の葉は同じようだが、製造方法は違っているらしい。

 畑に植えられている茶の木は、見たところ日本産のとほとんど同じようだが、これが雲南産の茶の原種なのかと尋ねてみると、茶には実にいろいろな品種があるようだが、詳しいことはよく分からないと言う。もし興味があるのなら、あちらの森林の中に原木があるので見てみるとよいと言われた。

 そこはもう樹木が密生したジャングル地帯で、少し奥の方に入ると、そこに赤茶色をした巨木が立っていた。これが茶の木だという。何しろ高さは20メートルを超しているだろう。木の肌はきれいで、そこで早速枝に取り付いて登ってみた。まさか茶の木に登るなど信じられないことだろう。無風流どころではない。この時ふと木の枝に取り付いて思い浮かんだのは、もし日本の茶聖だと言われた利休のような人が、こんな場面にぶつかったら何と思っただろうかということだった。

 雲南といえば、わが国ではまず思い浮かぶのは茶であろう。ところが雲南と日本が切っても切れないのは、いま一つ梅なのだ。梅の花は桜と違って派手ではなく、あくまで質素な上、実に風雅である。梅の木も日本が原産と思っている人が多いが、実は雲南が原産地だった。

 2月の節分も過ぎた頃、毎年、私の元にも梅祭りの案内状が届く。桜と違って梅の花の咲く下で、一杯の茶を喫するのも他に言い難い風雅の極みである。外国人にはちょっと理解が難しいだろうが、これも日本の伝統文化の一つと言えよう。ところでここで一つの異変が起こった。東京の西外れに当たる青梅の梅林で、ここの梅の木が梅ウイルスに感染し、全て伐採されてしまったのだ。ところが今年に入って、この東隣の福生でもウイルスが猛威を振るい始め、ここの神明社の梅も伐採されることになった。恐ろしいことに東京23区内に鳥によって入るのも時間の問題だろうという。

 梅の木が日本に渡来したのも茶と同じ時期だったらしく、明らかに遣唐使として中国に渡っていた日本人が、日本にその種子を持ち帰ったに違いない。中国人は春早く咲く梅の花をめで、どうやら西安の都などに移植していたらしい。それを遣唐使の日本人が、この梅の種子を伝えたらしい。

 これは推測であるが、日本で育った梅の木もやがて花を咲かせ、実を付けたのだろう。これも推測であるが、日本人はこの梅の実を塩漬けにし、梅干しにしたのではなかったろうか。雲南は塩が大変貴重品で、日本のようにふんだんに使えない。コメも雲南から渡来した。梅干しと茶漬け飯が日本の食文化を代表するといったら、言い過ぎだろうか。

(かねこ・たみお)