受動喫煙防止法の制定を
分煙でなく原則禁煙に
残留した煙への対策も必要
オリンピックを前にして訪日外国人に対する受動喫煙対策に端を発し、飲食店における受動喫煙対策による中小飲食店に対する営業妨害が問題とされている。
筆者は一昨年1月、当欄において受動喫煙の危険性について詳論したが、厚生労働省が今国会に提出する方針の飲食店は原則禁煙にすることなどを盛り込んだ健康増進法改正案について、塩崎恭久厚労相は3月7日、参議院予算委員会で「飲食店で配膳している方、アルバイトの方、大学生、高校生が煙にさらされている」と述べ、望まない受動喫煙があることを理由の一つに挙げている。
そして「たばこを吸わない国民が8割を超えている。受動喫煙を受けなければ、がんなどで死亡せずに済んだ人は1万5000人いると推計されている」とコメントし、受動喫煙防止対策を強化する必要性を挙げたが、大いに賛成である。
厚労省は3月10日、飲食店などの建物の中を原則として禁煙にする法案について、違反した喫煙者には30万円以下の過料を科すとする法案のたたき台を公表した。たたき台案では、居酒屋やラーメン店なども規制の対象となるが、飲食店側が喫煙専用室を設置するのを認めることや、小規模のバーやスナックは規制の例外とすることなどが盛り込まれている。小規模と定義される延べ床面積は、「30平方㍍以下」と政令で基準を設けることになっている。
「喫茶店や小売店など小さな店舗の営業に影響が出てくる」などの意見に対して、厚労省は、世界保健機関(WHO)の外部組織である国際がん研究機関のハンドブックの記述を示したが、ハンドブックには、「レストラン、バーを法律で全面禁煙にしても減収なし」と書かれている。
健康増進法25条の文言および平成15年厚労省通達の内容に照らすと、同条は、受動喫煙に一定の危険性があることを前提にしつつも受動喫煙防止対策については施設に即した対応をすることが不可欠であることなどから、受動喫煙防止対策の具体的な内容を事業者の判断に委ねたものと解されるのであって、事業者に対して特定の受動喫煙防止対策を具体的かつ一律に義務付けたものとまでは解されていない。
平成20年1月当時において、受動喫煙が健康に対して一定の悪影響を及ぼすことは広く社会的に認知されるところとなっていたといえるものの、受動喫煙による被害については、平成15年通達には受動喫煙の急性影響として流涙、鼻閉、頭痛等が指摘されるのみで、化学物質過敏症については何ら指摘されていない。そればかりか、平成20年1月当時、医学的知見においても、化学物質過敏症の発症等に係る機序は不明とされていたことなどに照らせば、受動喫煙が健康へ及ぼす悪影響については、社会一般には、たばこの煙に暴露した時間が短時間である揚合には、目や鼻に一過性の刺激症状が生ずる可能性があるといった程度の認識がされていたにすぎない。
健康増進法25条は、受動喫煙について、室内またはこれに準ずる環境において他人のたばこの煙を吸わされることをいうとしており、その防止対策として、喫煙場所から非喫煙場所にたばこの煙が流れ出ないようにする分煙が一つの方法として挙げられている。
喫煙者と同一の室内等の環境において、喫煙によって現に生じている副流煙などのたばこの煙を吸わされることを防止するものであると解される。
官公庁における喫煙対策不備を理由とする国家賠償請求事件において判例は、職務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理または公務員が地方公共団体もしくは上司の指示の下に遂行する公務の管理に当たって、一定の範囲において受動喫煙の危険から生命および健康を保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っていたというべきであるとした。
平成20年1月の時点で、受動喫煙による健康への悪影響が社会的に認知されており、また、仮に受動喫煙の量や期間によっては一定の軽微とは言えない健康被害が生じ得ることが理解されていたとしても、これを防止するために求められていたのは、喫煙によって現に生じている副流煙などのたばこの煙を吸わされないように分煙などを徹底することであったと言うべきである。同月の時点において、残留たばこ煙に曝(さら)されることがないように対策を講ずべきだとする認識が、社会において広く一般的に受容されていたとはおよそ言い難いとした。
受動喫煙に対する対策は、たばこの健康被害に対する知見の進歩とともに強化されてきたと言えるもので、今日の医学水準に照らせば、相当程度の危険性があると言えることに照らし、相当程度の受動喫煙対策を講じさせることが必要である。
(あきやま・しょうはち)