さまよい続ける日本社会

NPO法人修学院院長・アジア太平洋交流学会会長 久保田 信之

久保田 信之縦軸の「常識」確立せよ

自民党は保守政党の自覚を

 日本社会の現実を細かく具体的な例を挙げて批判すれば、確かに凶悪犯罪は多数発生している。確かに「住みにくい世の中になった」と嘆きたくなる事例が山積している。

 とはいえ、大きな流れを見てみれば、幸いにも、日本人の多くは「法律に違反することは悪いことだ」と自覚しているし、「善悪感覚が善良な国民」であるし、「法治精神も進んでいる」ことは事実だ。警察をはじめとする治安当局の献身的な態度は、世界一勤勉で誠実に住民の平和と安全の実現に日々努力してくれていることも事実だ。

 左翼思想家は、法整備を推進し、治安維持能力の向上を図ることにさえ「国家権力の強化」だと偏狭な持論を展開している。これに惑わされ、日本が、世界に冠たる平和な法治国家であることや、世界一安心して住める良い国であることを素直に感謝できない「心の狭い、自己中心的な人間」を増殖しているようだ。

 国家権力は、法律を道具に使って「個人の尊重」を踏みにじり、基本的人権を謳(うた)った日本国憲法に違反する行為を重ねる「危険な存在だ」として国家権力の弱小化を求める彼らの主張を、むげに否定するものではない。しかし、具体的方策がないまま、さらに言えば、心の問題、魂の問題、価値観、人生観、道徳観の充実を図る具体的教育活動を怠ったまま、理想・夢想を臆面もなく披歴していては、精神的安定を奪うだけなのだ。さらに言葉を足せば「もっともらしい空論」「一面では真だが、全体においては偽となり混乱を招く主張」が、不誠実な政治家、評論家から多く出されているから、受け手の国民は、どれが正しいのか、どれが頼りになる発言なのか分からなくなっているのだ。これも、思想信条の自由を謳い、表現の自由を大上段に振りかざした日本国憲法の残骸なのだ。日本人の多くは、果たして安定して充実した精神状態でいられる状況であろうか。

 法律では処理できない問題が人々の心を激しく揺さぶっていることにも注目したい。

 女性同性愛者、男性同性愛者、両性愛者、性同一性障害者を含む性別越境者などの人々を意味する頭文字を取ったLGBT問題が、多くの日本人の心を不安定にさせている。これは渋谷区長がまず壁を壊し、続いて世田谷区長が感染して流行の片棒を担いでいる「精神的インフルエンザ」だ。「犯罪ではない」が日本の常識を壊し社会秩序を乱し、結局、日本の伝統文化、生活秩序を形成してきた「常識」を破壊する厄介な病気なのだ。これはGHQ(連合国軍総司令部)憲法の落とし子である「個人の尊重、基本人権の尊重」、さらには不消化極まりない「自由、平等、博愛思想」がもたらした難病なのだ。

 この流行運動が、軽薄な人権主義者や左翼思想集団によって展開されているのならば、さもありなんと受け流すこともできる。しかし、驚くことに、自民党内に「LGBTに関する課題を考える超党派の議員連盟」を立ち上げたというのだから「ついにここまで来たか」との思いは禁じえない。しかも、こうした自民党内の動きが、安倍晋三総裁に近い古屋圭司衆議院議員を長とする「特命委員会」で本格的な検討に入ったというのだから驚きを通り過ぎて恐怖を感ずる。というのも、自民党の中でも、いわゆる保守派の面々が委員会を立ち上げ、いわゆるLGBTに対する国民の理解の増進する目的を持った法律を作ろう、と活動を開始したのだ。この法案の目的は、国、地方公共団体および国民の責務を明らかにするとともに、必要な処置を定め、もって「性的指向及び性同一性の多様性が尊重される社会の実現」にあるのだと明確に謳っているのだ。

 こうした主旨の法律が、こうした自民党の議員によって「真剣に」検討されていること自体、LGBTを公的に認知させようと既に運動を展開している団体や個人に「一種の権威」を持たせてしまっていることを、委員会の面々はどう思うのであろうか。

 日本は他の国々よりもはるかに豊富な歴史があり、教育勅語の「徳ヲ樹ツル深厚ナリ」とあるように、「徳の根拠」は、昨日や今日定まったのではない、長い歴史の中で、長年の経験を経た末に定まったものなのだ。歴史が浅い欧米諸国では「法律」という人為的産物を根拠にせざるを得ない。そもそも彼らがいう「常識」とは、現存する多数の者(common)の思慮・分別(sense)である。「横軸の広がり」を常識としたとも言えよう。しかし、わが国の「常識」には歴史が含まれている。すなわち、現存する人間だけではなく、長い暦を築いてきた何千、何万という人々の声が「常識」なのだ。横軸だけでは一時的だし、変動しやすい。これを落ち着かせるのが「縦軸」だ。「日本は死者の支配する国」だし「死者の思いを大事にする国」なのだ。「縦軸がしっかりした国」だから一時の激しい変動に右往左往することもなく人々の心も安定した平和な日々を送ってきたのだ。

 一時の、一部の国民の騒ぎに加担し振り回されることは常識、正道を軽視することで、混乱を助長することだ。保守政党であることを自民党は忘れてはならない。

(くぼた・のぶゆき)