リスボン地震と首都直下地震
拓殖大学地方政治行政研究所附属防災教育研究センター副センター長 濱口 和久
首都機能が完全に麻痺
ポルトガルの長期衰退招く
私たち日本人が暮らす日本列島では、身体に感じない地震を含めると、1日に約300回の地震が起きている。さらに言えば、マグニチュード(M)6クラスの地震の4分の1が日本列島に集中しており、日本は「地震大国」と言えるだろう。
今後、日本で起きる地震の中で、最も警戒が必要なのが首都直下地震と南海トラフ巨大地震であるが、本稿では首都直下地震が日本へ及ぼす影響について考えてみたい。
首都圏は周期的に巨大地震に見舞われてきた。首都直下地震は「30年以内に70%の確率で起きる」といわれている。確率的にこの数字が高いのか低いのかについては、ほかの事故・災害に遭遇する確率と比較してみるとよく分かる。
日本政府の地震調査研究推進本部による「『全国を概観した地震動予測地図』報告書」では、人が30年以内に交通事故で死亡する確率は0・2%、火事で死傷する確率は0・24%、がんで死亡する確率は6・8%と例示している。これらの数字を見れば、いかに首都直下地震の起こる確率が高いかが分かるだろう。まさに危険と隣り合わせで暮らしているのである。
ここで世界の歴史上、巨大地震が都市を襲ったことにより、国家が衰退していった例を一つ紹介したい。
1755年11月1日9時40分、海洋商業国家ポルトガルの首都リスボン市を巨大地震が襲う。地震規模はM8・5~9・0の間であると推定される。折しもこの日は、カトリックの祭日「万聖節」で、人びとが教会で祈りを捧(ささ)げているさなかに巨大地震が起きた。西ヨーロッパの国々や、北アフリカのモロッコなどでも、かなりの揺れを記録している。
リスボン市では、80%の建物が倒壊。当時の人口は約25万人だったが、約4万人前後が建物の下敷きとなり犠牲となる。建物の倒壊から逃げ延びた市民は、港や空き地などに避難していたが、やがて海水が沖へと引くと、一転して津波が襲来。津波の波高は6~15㍍に達し、猛烈な勢いで市街地を呑(の)み込み、被害を拡大させた。津波は繰り返し襲来し1万人が犠牲となった。
一方、津波による被害を免れた市街地も、火災によって焼き尽くされる。火は1週間以上も燃え続け、王宮や行政機関の建物を焼失したため、首都機能は完全に麻痺(まひ)し、国家の運営に支障を来した。ポルトガルでは、リスボン以外でも、国土の南半分を中心に大きな被害が出たが、特にアルガルヴェ地方の被害が大きく、南西端のサグレスは波高30㍍もの津波に襲われた。
ポルトガルはリスボン地震を境として、長期衰退の道をたどることになる。かつては重商主義政策によって、世界の海をスペインとともに二分するほどの力を持った国家だったが、二度とその地位を占めることはなかった。
リスボン地震によるポルトガルの衰退は、日本にとっても貴重な教訓だ。政治・行政や金融・経済活動が過度に集中する都市や地域が、巨大地震に見舞われた場合に、国家の存続(国力の維持)がいかに難しいか……。
冒頭に述べた通り、将来、首都直下地震は必ず起きる。内閣府は首都直下地震による経済的被害額を約95兆円と見積もっている。ほぼ国家予算に匹敵する規模だ。世界の歴史をひもといても、これだけの規模の被害が出る災害は、どこの国も経験したことがない。
被害規模が大きくなるのには理由がある。政府機関を含め、あらゆる分野の施設・組織が首都圏に一極集中しているからだ。
では、首都圏とは、どこまでの範囲を指しているのだろうか。テレビなどの天気予報では、東京都と千葉・埼玉・神奈川の3県を合わせた1都3県のことを首都圏と呼ぶ場合が多いが、国が定めた首都圏整備法では、東京都を中心とする約150㌔四方の範囲のことをいう。つまり、茨城・栃木・群馬・山梨の4県も首都圏に含まれる。そして、日本の人口の3割に相当する約3000万人が暮らしている。首都圏は世界に類を見ない人口過密地域なのだ。人口が多ければそれだけ被害は甚大となる。
日本は、大正12(1923)年9月1日に起きた大正関東地震(関東大震災)や、大東亜戦争の焼け野原から見事に復興し、今日、世界有数の経済大国の地位を築いた。首都直下地震が起きたとしても、同じように復興し、引き続き経済大国の地位を維持することができると思っている日本人もいるかもしれないが、果たしてそうだろうか。
内閣府の被害想定は、国民がパニックにならないように、被害想定を低めに設定しているといわれている。最悪の場合、日本の財政が破綻を来すことも考えられる。また、世界中はネットワークで繋(つな)がっており、首都圏が壊滅的な被害となれば、日本発の「世界恐慌」が起きる可能性だってある。
人間の力では首都直下地震が起きることを防ぐことはできない。リスボン地震後のポルトガルと同じような運命をたどらないためにも、被害を可能な限り最小にする減災対策を国も国民も怠るべきではない。
(はまぐち・かずひさ)