アドラー心理学に学ぶ生き方

根本 和雄メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄

人生を研き自分らしく
自己受容・他者信頼で健康に

 昨今の不安定な社会状況と先行不透明な世相にあって、人々は混迷の日々を過ごしているのではなかろうか。

 このような状況の中で近年、注目されている考え方の一つに「アドラー心理学」による「生き方セラピー」があると思うのである。

 アルフレット・アドラー(Alfred Adler:1870~1937)は、オーストリア生まれの精神科医で、今日では「人間学的心理学」の立場として関心が高まっている。欧米では、フロイト、ユングと並ぶ心理学の三大巨頭の一人として高く評価され、その著『人生の意味の心理学』(1932年)は、アドラーの考え方を学ぶ上で実に貴重な著書である(邦訳・84年)。

 そこには“身体と心とは、一つの全体の不可視の部分として協力し合っている”(「全体論」)と述べて「心身一元論」(心身一如)の立場から「人生の生き方」そして「健康」についての深い洞察と多くの示唆を与えてくれるのである。もともと、アドラーはフロイトの著書『夢の解釈』(1900年)を読んで精神医学に興味を持ちフロイトと交流し共同研究を続けたが、フロイトの「リビドー(性的欲求)説」に同調できずに、11年にフロイトと袂(たもと)を分ち「個人心理学」(Individual psychology)という立場を確立し、後に後継者らによって(R・トライカースらによる)「アドラー心理学」(Adlerian psychology)と一般的に呼ばれるようになる。そこで、アドラー心理学の考え方に基づいて「人生を研(みが)き自分らしく生きる」処方箋について述べてみたいと思う。

 ・人間はもともと原因・結果によって生きるのではなく、目的・目標を追求して生きる(「目的論」)ので、人間は自分の目的のために人生を選択することができる。これがアドラー心理学の立場である。

 ・人間は全ての行動を自分で選択して生きる(「自己決定性」)。そして何が健康であるかは自分で決めるということである。

 アドラー心理学の特徴の一つは、この「自己決定性」であり、それは生まれつきの遺伝やトラウマなどが人生を決めるという「宿命論」を否定し、どんな環境でも自分の道は自分で決めることができるという考え方である。

 つまり、“人間は、遺伝的要因や過去の出来事によって犠牲になるのではなく、自分で運命を切り拓(ひら)く力がある”というのである。

 ・そのためには、少しずつ努力を積み重ねて<スモール・ステップ>により成功体験(達成感)を基にして、その人の人生の目標に近づけることができるのである。これを人生の「目標追求性」という。

 ・そして、人間の最も驚くべき能力は“マイナスの状況からプラスの状況に変える”ことができるとアドラー心理学では述べている。

 つまり“自分の心を変えれば、悩みは解決する”という「心の在り方」を重視している。

 従って“病を治すのは自分自身の心の持ち方”即ち「信念体系」(ライフスタイル)によるのであって、“心を変えれば健康に生きられる”ことを説いている。

 そこで、具体的に自分の健康を保つために必要な三つの条件についてアドラーの考え方を述べてみよう。

 その一は、ありのままの自分を受け入れること(「自己受容」)。すなわち、日常の中で自分の本心をごまかさずに病気になるリスクを受け入れること(危険なリスクを知りながら「大丈夫」だと思うことが本心のごまかしである)。

 その二は、健康であるためには、他の人を信頼すること(「他者信頼」)。つまり、病気になって医師に診てもらい、その人の診察が信用できないと治療効果はない。健康であるためには、この「信頼」こそが「治療効果」を高めるのである。

 その三は、他の人に役立っているという手応えを持って生きること(「他者貢献」)。健康であるということは幸福感がその根底にあるということ。その幸福であると思えるのは、他の人に少しでも役立っているということではないかと思うのである。

 要約すれば、現状の日常生活の自分をありのままに受け入れて、そこから改善する糸口に気付くこと。そして健康を回復するには信頼ある人間関係の絆を大切にすること。そして自分の人生が少しでも誰かのために役立っているという手応えを持って生きること。

 この「アドラー心理学」の考え方で医療を実践されているのが江部康二医師(高雄病院)である(『心を変えれば健康になる』参照)。「今」「此処(ここ)」を大事にしながら生きつつ、病を治すのは自分自身の心の持ち方であることに気付く時、「人生を研き自分らしく生きる」道が拓かれるのではなかろうか。A・アドラーはこう語っている“意味付けを変えれば、人生は変わる”(『人生の意味の心理学』)と。

(ねもと・かずお)