山を越えた中国軍事改革

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

陸軍の牙城に習氏メス

司令部機構再編で5戦区に

 中国の大規模な軍事改革は、昨年11月の中央軍事委員会(軍委)改革工作会議で決められたが、軍部の既得権に切り込む改革の実効性が注目されてきた。しかし、昨12月31日に改革の第1弾として陸軍司令部、ロケット軍、戦略支援部隊の3機関が新設され、習近平主席から軍旗授与が挙行された。それは「軍委管総、戦区主戦、軍種主建(軍委が総監督し、戦区が指揮し、軍種が軍建設を主管する)」の基本方針の中では「軍種主建」に関わる組織化でもあった。

 本年になって、軍事改革の第2弾として中央軍委を支える総政治部や総後勤部など4総部の組織改革や軍隊に対する監督・監査機関を中央軍委の直轄機関とする改革が進められた。この段階の改革は「軍委管総」の実現につながる党優位の確立と指揮・監督機能の充実が図られたものであった。

 第2弾の改革は中央軍委に直結する7個の司令部機構の再編であり、軍委事務局に当たる「中央軍委弁公庁」を筆頭に、「統合(原語では聯合)参謀部」がこれまで作戦運用を担った総参謀部に代わって統合作戦運用の頂点に位置づけられた。また、党を代弁してきた総政治部が人事担当の「政治工作部」に、兵站や軍費経理を担当した総後勤部が「後勤保障部」に、総装備部が「装備発展部」に替えられた。総参謀部の一部局だった「訓練管理部」と「国防動員部」が独立機関として統合参謀部などと同格に格上げされた。

 これまで4総部として中央軍委の幕僚組織でありながら、作戦、人事、兵站、装備部門の実質的な最高司令部として君臨してきたものが、統合参謀部を除いて中央軍委の指揮・監督活動を補佐する工作部門に機能と権限が抑えられてきた印象は拭えない。また、中央軍委に直結する三つの委員会が新編された。軍規の維持も担ってきた総政治部から軍人の汚職腐敗対策や軍内法治を司る機構として軍人をトップとする「軍内規律検査委員会」や「政法委員会」が新編された。かつての総装備部から新兵器の開発機能に関わる部門が「科技委員会」に独立し、位置づけが明確にされてきた。

 さらに、前総参謀部内にあった三つの部門が「戦略計画弁公室」、「改革と編成弁公室」、「国際軍合作弁公室」となり、中央軍委の直属機関に格上げされた。また、汚職軍人が後勤部門から多く出たためか、総後勤部内にあった会計検査に任ずる「審計署」を軍委直属機関に格上げして会計監査機能を強化している。

 続いて実戦力の強化が第3弾改革として進められた。かねて情報戦時代の統合作戦ができるよう統合軍の新編が課題であった。統合作戦指揮は第2弾改革で統合参謀部が新設されたが、続く統合部隊として戦区が新編された。2月1日に北京で、中国人民解放軍戦区成立大会として挙行され、東部、南部、西部、北部、中部(発表順)の5個戦区が公表され、各司令官に習主席から軍旗が授予された。

 従来の7軍区が5戦区に再編されたが、これは「戦区主戦」の基本原則の実行化である。これで作戦指揮は中央軍委統合参謀部から戦区司令部を経て隷下の統合部隊に下達され、指揮結節が少なく、スピードある作戦が可能になる。

 それでは戦区とはどのような軍か、その特性などを『大公網』(2・2)から要約しておこう。①軍区が伝統的な大陸軍が中核部隊だったのに対し、戦区は陸海空軍などの外に予備役など各種武装力も統合部隊として指揮下に入る。②軍区は軍隊建設、管理、指揮、平時は地方政府などとの行政管理も担う軍令・軍政組織だったが、戦区は「戦区主戦」に沿って統合作戦指揮・訓練など作戦任務に専念する軍令部門に入る。ちなみに戦区内の各軍種部隊の建設、戦力維持は「軍種主建」で軍種司令部の責任で実施。③軍区は省軍区、国防動員、後備建設などを担ったが、戦区は軍事行政には一切関わらず、これら業務は軍委国防動員部などが担当。④軍区の作戦行動は管轄内の地域固守防御が主体だったが、戦区は戦略方向に沿って機動打撃を主として広域の防衛任務を達成する。このように、戦区は全国土を5分割しながらも広域機動型で戦況に応じて統合部隊で機動打撃を主体とする防衛体制に移行することとなる。

 戦区の任務・役割だが、筆頭の東部戦区はかつての南京軍区が担った台湾解放や東シナ海、太平洋への進出が主任務。南部戦区は、前の広州軍区と同じく南シナ海やベトナムなど東南アジア諸国正面を担当し、西部軍区は前の成都軍区や蘭州軍区のように広い範囲を担い、インドへの対応やユーラシア大陸を睨みシルクロード戦略に関わる軍となろう。北部戦区は冷戦時には対ソ防衛の重点だった瀋陽軍区や北京軍区の一部地域を担い、黄海から朝鮮半島、ロシア正面を担当。中央戦区は、かつての北京軍区の首都防衛と戦略予備の役割を担った済南軍区の2地域と機能を継承すると考えられる。

 見てきたように習主席の威光で軍事改革は予想以上に急ぎ進められ、これで大枠の組織面の改革は山を越えたと見てよかろう。これら軍区改編という大鉈は鄧小平以来の大改革であり、陸軍の既得権にメスが入れられるが、今のところ軍部の反発は表だってはない。しかし、次の段階として兵力削減を伴う実戦部隊の統合化や軍事予算の配分などへの軍の反発は避けられず、具体的に改革がどう進められるか、権力抗争に関わる改革動向は注視していく必要がある。

(かやはら・いくお)