「健康寿命」を延ばす養生法
予防医学で「未病」治す
食、息、睡眠など秘訣八カ条
「健康寿命」とは、病気などで日常生活が制限されることなく、自立的に生活できる期間で、世界保健機関が健康の指標として提唱している。米ワシントン大の国際チームが英国医学誌「ランセント」に発表した日本人の健康寿命は、男性71・11歳、女性75・56歳だ。平均寿命との差は、男性は9歳、女性は11歳で、この差を縮めて健康寿命を平均寿命に近づけることがいま問われている。
中国の最古の医書『黄帝内経(こうていだいけい)』の「素問(そもん)」には、〝名医はすでに生じた病気を治すのではなく、未病のうちに治す〟と述べている。「未病」とは、発病する以前の状態で、すでに紀元前2世紀頃の前漢の時代に病気の予防の大切さが認識されていたものと思われる。即ち、今日いうところの「予防医学」であり、病気にならないように日常生活を心掛けることが「養生」に他ならないのである。従って、予防医学的立場から「健康寿命」を延ばす心身の養生法について述べてみたいと思う。
『厚生労働白書』(平成26年版)によれば、同年を「健康・予防元年」と位置づけ、健康寿命を延ばすことに重点を置き、介護などを受けずに自立して生活できる方策を提言している。(加えて、健康寿命を延ばすことで、結果的に医療費の抑制を図り、国民の負担軽減により社会保障の持続可能性を高める対策も重視していると思われる)。
養生とは、古くから〝良いうちから養生〟という言葉があり、健康のときから用心を心掛けて健康を保つことの大切さを述べている。また、〝薬より養生〟とは、病気になってから薬を飲むよりも日頃から健康に気をつけて養生に努めることを語っているので、いずれも「転(ころ)ばぬ先の杖」で、今日言うところの予防医学の考え方が述べられているのではなかろうか。更に西洋の諺に〝台所の薬が最良の薬である〟とあるのは、常々の食事が大事であることを示唆しているのである。
精神面では、〝諦めは心の養生〟の諺は、過ぎたことは、くよくよと悔やんでも何の意味もないという。このように「養生」については古くから多くのことが語られて今日に至っている。そもそも「養生」とは、〝無理をしないこと〟であり、『荘子』の養生(ようせい)にこう述べている。「よい料理人は、年に一回包丁をとりかえる。下手な人は月一回。わたしは包丁を用いるのに無理をしないから十九年使ってもなお新しい。この料理人の話を聞いて養生の道を悟った。つまり〝無理をしないことである〟と」(内篇・養生主)。
また、老子によれば〝養生の道は天に事(つか)うるに在り〟と。つまり、欲望を節してむ(・)な(・)し(・)く(・)(空しく)すると自然和気が入ってくる。これが養生であるという。
また、『荘子』には〝善く生を養う者は、羊を牧(やしな)うが若(ごと)く然(しか)り。其の後(おく)るるを視て、之れを鞭(むちう)つ〟と述べている。
即ち、「養生の道は、ちょうど羊を飼うときのように、自分の中の遅れた部分、足らざる点をよく知り、これを補うことだ」という。つまり、自分の欠点を補うことを忘れないことこそ養生の道であるという。
養生の考え方は、古くは老子や荘子の考え方、つまり「老荘思想」(道教)に深く根ざしているということである。その考え方が江戸時代の儒者・貝原益軒の『養生訓』(1713年)で今から約300年前に書かれた全8巻に心身の養生法が実に詳しく述べられている。
例えば、〝養生の術は先(まず)心気を養うべし。心を和(やわらか)にし、気を平らかにし、いかりと欲とをおさえ、うれい、思いを少なくし、心をくるしめず、気をそこなはず、是(これ)心気を養う要道なり〟と(巻一・総論上)。つまり、養生の秘けつは心気を養い、心を和平ならしめることに他ならないのである。
さて、「健康寿命」を延ばす養生法(八カ条)を述べてみよう。
一、食養生のすすめ。「薬(医)食同源」を旨としバランスと「少食」を心掛ける。〝病は口から入り、災いは口より出る〟の如くに。また、〝吸収は排泄を阻害する〟のである。
二、息は長く吐くこと。〝長息は長生き〟で「吐故納新(とこのうしん)」を心掛ける。ゆっくり深い呼吸が副交感神経の働きを整える。
三、感情の乱れが不健康の基。従って感情のコントロールを心掛ける。
四、「歯」を健康に保つこと。歯の不調は全身の病気の元で、歯は全ての命の源である。
五、今日一日を大切にすること。〝老後の一日、千金にあたるべし〟(貝原益軒『養生訓』)。
六、質の良い睡眠を心掛ける。〝質のよい睡眠は人生の質を豊かにする〟。
七、物事に対する考え方を建設的に持つこと。〝人間はその人の考えいかんで病いにもなれば、健康にもなる〟(H・ベンソン)。
八、感謝の心を持ち続けること。〝ストレスの上手な解消法は感謝のこころである〟これを「感謝の哲理」という(H・セリエ)。
今日、80歳以上の人は、1002万人、100歳以上は、6万1568人と増え続けるなかで、益々、「健康寿命」を延ばす養生法が問われているのではなかろうか。宋代の学者(自然哲学)邵(しょう)康(こう)節(せつ)はこう語っている。〝その病んで後、能(よ)く薬を服せんより病前に能く自ら防ぐにしかず〟と。
(ねもと・かずお)