米英で不信買う本流政治家

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき素人人気の米大統領選

不満の代弁は政策にならず

 共和党大統領候補の第2回討論会が開催された。相変わらずドナルド・トランプが台風の目であったが、討論会の直前にはベン・カーソンが支持を増やし、そして討論会で最も点数を稼いだのはカーリー・フィオリーナであった。この3人に共通する大きな特徴はいずれも政治家ではないことである。

 トランプは超大金持ちの不動産王。「アプレンティス」という人気テレビ番組の司会者、いわゆるセレブで、大声で自分を売り込むことに熱心な自己中の典型である。一方、カーソンは一見穏やかな黒人の元精神外科医。フィオリーナは共和党候補では唯一の女性で元ヒューレット・パッカードCEOである。

 この3人に対し、共和党の他の候補者はすべて政治家である。政治家として経験や実績、資金やアドバイザーを集められる基盤を有するはずの彼らは伸び悩んでいる。一方、トランプがあらゆる専門家やメディアの予測に反して支持を増やし始めてから、その不思議な現象が分析されてきている。最大の魅力はオバマ大統領や両党の政治家、女性、移民政策などに関し、遠慮会釈もなく本音を語ることである。

 アメリカ人のワシントン政治不信は今に始まったことではない。アメリカの主要機関の中で一番信頼できないのは連邦議会、という世論調査の結果が出るのは毎回のことである。選挙に勝つために調子のよいことを言って選ばれる議員、政府機関の主要ポストから政治コンサルタントや法律事務所、そしてまた政府機関へと回転ドアをくるくる回る政治や資金集めのプロたち、さまざまな利害を代表するロビーグループ、そこに渦巻く多額の資金。誰も普通の市民のために身を粉にして働く者がいるとは思えない。アメリカばかりか世界の期待を背に大統領になったオバマにも失望している。

 いつもながらの変わらぬ政治や政治家への深い失望感が、政治の素人人気につながっているのは間違いない。これは共和党だけ、あるいはアメリカだけにみられる現象でもない。民主党の大統領候補は墓穴を掘らない限りヒラリー・クリントンとみられてきた。しかし、大統領夫人そして上院議員、国務長官として長い間政治に関わってきた彼女には政治家としての過去がつきまとう。

 そこで台頭してきたのが、バーニー・サンダースである。下院議員16年、そして2007年からバーモント州選出上院議員の74歳。アメリカの中では限りなく社会主義者に近い。反ウォール・ストリート、反大金持ち、反自由貿易協定で、大手金融機関の解体、最低賃金を今の倍の時給15㌦にするなど、所得の不平等対策を訴える。投票は民主党とともに行うものの本来無所属。政治生活は長いが、主流の政治家であったことも、ましてや政権に関わったこともなく、あくまでも自分の信念に基づいた政策を訴え続けている。つまり金で買われたり、地位を得るために妥協をしてきていないという強いイメージがある。

 いわゆる本流政治家嫌いは英国政治も震撼させた。英国労働党の党首にサンダースと比較される社会主義者ジェレミー・コービンが選ばれた。労働党議員歴32年。中産階級の出で、父はエンジニア、母は数学の先生。しかし、大学には行かず専門学校を中退。離婚歴2回。現夫人はメキシコ人。ベジタリアン。普段はノーネクタイで自転車通勤。党の幹部になったことや、ましてや大臣経験はない。近所のおじさん風、本音を語り信用できる、いずれの政権党の政策であろうと反対の多かった過去の政策――EU加盟、イラク戦争、リビア爆撃、鉄道など民営化、緊縮財政、独立核など――に反対あるいは無縁。これが、政治にうんざりし所得の不平等に怒る人々に支持され、特に若者受けした。

 政治は汚いものというイメージは万国共通かもしれない。有権者が政治にうんざりしているのも同じである。しかし、コービンが党首になり、同氏の訴える理想と現実の溝が晒され始めている。コービンが主張してきた反米、反北大西洋条約機構(NATO)政策や核放棄などは英国の安全保障にそぐわない。現役の将軍は、もしコービンが首相になるようなことがあれば、軍は政策に反対し、軍人の多くが辞任すると述べている。

 諜報機関はコービンが反テロ法に反対してきたことから、野党党首として当然受けるテロ関連情報の提供を制限すると警告した。労働党幹部議員たちはシリア爆撃に関し、党首の反対にもかかわらず、与党の政策を支持することを明らかにしている。環境保護と同時に閉鎖炭鉱再開を訴えるのは矛盾する。貧困層保護のための資金源は不明である。党内は混乱し、新党結成が真剣に語られている。

 ワシントン政治部外者、あるいは自らの理想だけを追求し国を治める責任を担ってこなかった反体制政治家が突然指導者になれるのであろうか。政治や政治家批判、妥協を知らない政策反対は有権者のさまざまな憤懣や怒りを代弁していても、国を治める政策にはならない。アメリカの大統領選が長く続くのは、有権者がつのる鬱憤を晴らしながら、本物の統治者、最高司令官を探す十分な時間を与えるためかもしれない。(敬称略)
(かせ・みき)