中露が接近する新冷戦構造

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

海洋に加え大陸も舞台

核を絡め経済・軍事で対抗

 本年になって中国は南シナ海での岩礁の埋め立てや基地化、港湾や滑走路の建設など海洋活動を活発化し、関係国との摩擦はグローバル化している。6月には米国防総省年次報告書の警告やシンガポールで開催されたアジア安全保障会議での日米豪防衛相からの「深刻な懸念」の表明などが続いた。さらに先進7カ国首脳会議(G7)での首脳声明でも懸念が盛り込まれた。最近発行されたわが国の今年度版「日本の防衛」(防衛白書)も懸念を示し、「高圧的な海洋進出」を批判している。

 これら多くの国が懸念する中国の海洋での行動は現状を力で変えようとする挑戦として、暑い夏を殊更に熱くしている。当面、南シナ海での七つの島嶼(とうしょ)の埋め立てや軍事基地化、さらには東シナ海での海底資源開発の14基に上る巨大なリグ施設などの建設は、中国の海洋支配の野心と関連づけられて警戒され、危機管理上の喫緊の課題となっている。

 新興国の領域拡大は中国だけに限らないが、しかし中国の場合、その根底に強い国際秩序に対する自己主張がある。それは今日の国際法や慣習・秩序は先進国が作ったもので、開発途上国の意向は生かされていない、との不満と反発だ。現に中国は、これまで島嶼の領有権の主張や海洋の自由航行などは独自の解釈に基づき行動し、緊張事態を招いてきた。そこには現行秩序の否定だけでなく、多極化を志向する中国の新しい国際秩序作りの意欲を持つ側面も見落としてはなるまい。

 実際、中国の行動を大観すると、単に海洋での行動など地理的な空間の拡大に留(とど)まらず、宇宙やサイバー空間から交易や国際金融政策への影響力の拡大が図られ、さらには核戦力の強化など広範にわたる挑戦の事実があり、リスクを内在させている。

 今日の国際的な安全保障環境で際立つ現象は、一つはアジア太平洋正面での中国の急台頭とその暴走を牽制(けんせい)する米国のリバランス戦略との鬩(せめ)ぎ合いであり、もう一つが、ウクライナ問題に端を発したロシアと欧米の対立の激化である。さらにウクライナと南シナ海に関して「力による現状変更」と共に批判されている中国とロシアの連携強化が進み、問題を複雑化している。具体的には「反ファシスト戦勝利70周年記念」祝賀行事を共同開催する。

 7月初旬の習・プーチン首脳会談では、ユーラシア大陸を舞台とする中国の「一帯一路」戦略とロシアの「ユーラシア経済同盟」の連携の強化がアピールされた。遡って昨年のアジア信頼醸成措置会議でも習近平主席が「アジアの安全はアジア人の手で」と米国排除を意識した新安全保障観を表明し、プーチン大統領が支持した。このように多極化を志向する中露両国の接近と共闘は、上海協力機構(SCO)へのインド、パキスタンの加盟など有利なブロック化の進展により勢いづいている。

 そして中露両国の連携強化は、G7に代表される欧米勢力との新しい対立を招き、新冷戦構造さえ予感させている。実際、G7主導の国際秩序に対して中露両国はイラン核問題などで国連重視論を掲げて対抗をしている。さらに経済面でも中国のシルクロード戦略に絡めたアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設に向けた進展も、米主導のTPPが最終合意で難渋する中で、交易や国際金融面での新対立構造となりつつある。

 加えて軍事面でもロシアの場合、4月に海洋安全保障の指針となる「海洋ドクトリン」を改訂し、北大西洋条約機構(NATO)に対抗すべく大西洋正面の軍事力強化を進めた。これにウクライナ情勢が加わってNATOに対露防衛強化への回帰を促し、現にF・ドメク欧州防衛機関長官は新たな戦争に備えることを急務と報告しているほどである(読売7・29)。

 また、中露両国は核戦力を持ち出してG7への対抗を示していることも刮目(かつもく)すべきである。このところウクライナ危機で対露圧力を強めるNATOに対して、プーチンは米主導の欧州ヘのミサイル防衛(MD)配備に対して、国防予算を昨年より30%増の7兆5000億円に増やし、核弾頭搭載のミサイル40基を増強。さらに中国も国防費を急増させる中で、海軍力と共に核戦力を強化している。

 ストックホルム国際研究所発行の年鑑では、本年1月時点の世界の核弾頭保有状況について、全般に各国の弾頭数が減少傾向にある中で、核拡散防止条約の規約に反して中国の核弾頭数が260発と昨年より10発の増加を報告していた。モスクワ条約など米露間の核軍縮が行き詰まる中で、中露両国の核戦力強化への執念は警戒すべき動向である。

 今後、中露両国関係が同盟化など戦略的連携に発展するかはなお観察を要するが、当面、新冷戦的な欧米対中露の対立構造に核戦力が関わり始めた事態は深刻である。それは中東地域を不安定化するイランの核開発の抑制という課題にも影響してこよう。

 これらも現行秩序に反発する中国の多極化戦略の一つと見ることができ、目前の海洋問題だけでなく視野を広げた安全保障環境の変化を認識して、わが国の安保法制を検討する必要があろう。今後、中国はロシアとの連携強化を図りながら、海洋のみならず深海、極地さらに宇宙開発やサイバー空間などの戦略空間の拡大を図る事態も想定でき、総合的な安全保障環境の流れの中で対応を考える必要があろう。

(かやはら・いくお)