対露政策の変更に動く米国

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき緊張関係「核」レベルに

ウクライナで引かぬロシア

 米国と欧州対ロシアの緊張が高まっている。ロシアはポーランドと接するロシア領カリーニングラードやバルト3国沿いでの軍事訓練を繰り返す一方、核能力は北大西洋条約機構(NATO)を超えると豪語している。

 米国はロシアが中距離核ミサイル全廃条約に違反する新巡航ミサイルの実験を行ったとし、米統合参謀本部は条約が反故となった場合に開発できる武器を検討、地上発射巡航ミサイルなど四つの候補をあげている。ロシアのクリミア併合、東ウクライナ侵攻で一層顕著となった東西の対立は、経済制裁、軍事訓練による威嚇を超え、核兵器を持ちだすレベルに高まってしまった。

 オバマ大統領就任の前年、ロシアとグルジアの武力衝突がおこり、南オセチアとアブハジアが独立を宣言、その数年前からは欧州連合(EU)とウクライナはガスの供給を巡ってロシアと対立していた。しかし、オバマ政権は「敵にも手を差し伸べる」政策の一環として、ロシアとの関係の「リセット」を図った。ロシアの反対を受け入れ、ブッシュ政権が決めていたポーランド他へのミサイル防衛装備の配備を当事国に相談もなく、一方的に中止した。メドベージェフがロシア大統領であった間は、それでも新戦略核削減条約の締結など会話や成果はあったが、関係は温かいとは言えなかった。そして2012年にプーチンが大統領に復帰すると緊張は高まった。プーチン大統領は、「ソ連崩壊は20世紀の最大の悲劇だった」と述べ、ロシアの威信と勢力を広める意図を明らかにした。

 14年ソチでの冬季オリンピックが終了するや否や、ロシア軍がクリミアを支配下におさめ、ロシアはクリミアを併合。さらにはロシア系住民の多い東ウクライナにロシア軍が侵攻、7月にはマレーシア航空機が東ウクライナ上空で撃墜され、298人の命が失われた。犯人はロシア軍あるいはロシアの地対空ミサイルを使ったウクライナの反政府軍とされている。

 昨年9月及び本年2月にミンスク合意が締結されたものの、東ウクライナ内の武力衝突は相変わらず続き、反政府勢力はロシア軍の支援を受け、またロシア側からはウクライナへミサイルが発射されている。ロシア人の女性たちの「息子がウクライナで戦死した」との発言が西側メディアで取り上げられるなど、ロシア軍関与を示す多数の証拠があがっても、プーチン大統領は、軍の関与を否定し続けている。

 オバマ政権は次にロシアに侵略されることを恐れるポーランドやバルト3国から軍事支援を求められても、上空警備の戦闘機配備を増やす程度にとどめていた。欧州のメディアではロシア軍がウクライナに侵攻していると、はっきり「ロシア軍」と名指ししているにも拘(かか)わらず、オバマ政権はウクライナの分離主義者をロシアが支援しているという言い方をし、あえて「ロシア軍」という発言は避けていた。イランの核開発停止合意やシリア紛争解決のためにはプーチン大統領の協力を得る、あるいは少なくとも反対を押さえる必要からであった。

 しかし、ここにきて米国の姿勢が変化した。オバマ大統領はエネルギーや安全保障関係から冷戦中のような全面対決も囲い込み政策も無理であるものの、複雑な情勢に縛られることなく、それぞれの問題を分けて扱う政策に変更した。多くのロシア専門家が述べていた「プーチンは力しか理解しない」との指摘も認めざるを得なくなった。

 ウクライナ政府を脅かすのは、「反政府分離主義者およびロシア軍」とはっきりと述べるようになり、オバマ大統領はプーチン大統領に対し「ソ連の栄光を取り戻そうという間違った思いを抱いている」、ロシア国民に向かって「経済制裁で苦しむのはプーチン大統領のウクライナ侵攻のため」と非難した。

 NATOはバルト3国などでの共同訓練の規模を大きくし、米国防総省は、旧東欧諸国への大型装備の配備を検討していると明らかにした。これは約5000人の米軍の戦闘に備え、移動に時間のかかる戦車などをあらかじめ配備しておく計画である。

 冷戦終結時にNATOとソ連間で結ばれた、NATOの基地を旧東欧諸国に設けないという合意に反するが、ロシアが武力をもって国境を変更しない、という合意をクリミア併合で破っていることや、ロシア軍が東ウクライナに介入し、また旧東欧諸国を脅かし、英国上空にまで戦闘機を飛ばしている現実へのやむを得ない対応といえる。

 オバマ政権はやっと根性の入った対ロシア政策をとるのであろうか。全面的に期待するのは尚早かもしれない。プーチン大統領と会談したケリー国務長官は、対話の重要性を強調し、プーチン大統領が長時間の討議に応じたことへオバマ大統領が感謝の意を表していると述べている。

 プーチン大統領はロシアが中距離核ミサイル配備をほのめかし、実現すれば80年代のように欧州内で大きな反戦運動が起こることにより、米・欧の分裂を生むことを狙っている。当時の危機は米国のリーダーシップのもと西側諸国が団結し、難しい決断をすることで克服し、西側が勝利した。今の米国の指導力と決意が同じ強さを発揮できるか、大きな不安がある。

(かせ・みき)