歴史的転換示す宇宙基本計画

青木 節子慶應義塾大学教授 青木 節子

安全が宇宙の喫緊課題

工程表明示し産業基盤強化

 2015年1月9日、首相が議長を務める宇宙開発戦略本部が今後20年程度を見据えた10年間の長期整備計画としての宇宙基本計画を決定した。宇宙基本計画は、日本の宇宙開発利用の推進についての基本的な方針を示し、かつ、具体的な目標や達成の期間を定めつつ政府が総合的かつ計画的に実施すべき施策を規定するものである(宇宙基本法第24条)。

 日本は、1970年に、世界で4番目にロケット打ち上げを成功させたまぎれもない宇宙先進国である。しかし、米露中のように、軍事利用をその活動の中心に置き、国家威信を高めるべくあらゆる分野の宇宙活動を進めるのではなく、欧州のように広義の安全保障と商業利用のバランスを考慮しつつ、選択した分野で指導力を発揮しうるように宇宙利用を組み立てるという戦略を取ることもなかった。取れなかったと言ってもよい。そもそも汎用性の非常に高い宇宙技術を厳格な非軍事利用に抑え込むという無理があり、関連して国内外の政治の置かれた条件もあり、純粋な研究開発を宇宙活動の主眼に置かざるをえない状況が長く続いたからである。

 第1次(2009年)、第2次(2013年)の宇宙基本計画も産業振興や宇宙利用拡大を安全保障や自律性確保とともに新たな日本の宇宙活動の柱とするなど、総合的な宇宙能力向上を目指したものではあった。しかし、その間も日本の直面する国家安全保障の脅威は予想以上の速度で増大し続けた。そして、将来、宇宙の自律性確保を危うくしかねないほど、産業基盤の揺らぎが大きく早いことが認識されるようにもなった。

 この間、宇宙空間の環境も変化し続け、より多くの国家、企業・団体が宇宙利用に乗り出し、大学による小型衛星の打ち上げも珍しいことではなくなった。そのため、宇宙ゴミ、衛星同士の衝突等の事故、周波数や軌道位置のいっそうの逼迫(ひっぱく)などが目立つようになり、新たな宇宙秩序が模索され始めた。宇宙の安全だけではない。2007年の衛星破壊実験の後も、中国は破壊こそ伴わないが、10、13、14年と少なくとも3回衛星攻撃実験を行ったとされている。1986年を最後に長く宇宙兵器実験がモラトリアム状態にあった時代は完全に過去のものとなり、宇宙の安全・安全保障環境の脆弱(ぜいじゃく)化を食い止めることが喫緊の課題となった。

 米国はそれを同盟国・友好国との協力強化を中心とする国際的枠組みの構築により実現しようとし、日本は最も信頼しうるパートナーとして、米国と共通の目的に向かって努力する道を明確化した。従来の一国での「宇宙支配」の姿勢からの米国の方向転換に対し、日本も歴史的な決断をもって応えた。これが今回の宇宙基本計画である。

 それを可能ならしめたものとして、2013年12月の国家安全保障会議の発足、新たな防衛大綱、そして日本初の「国家安全保障」の策定を挙げることができる。国家安全保障戦略は日本が取るべきアプローチとして、①情報収集衛星の拡充・強化、②自衛隊の部隊運用や情報収集・分析、海洋監視(MDA)などの分野で「我が国等」が保有する各種衛星の有効活用を図ること、③宇宙空間の状況把握(SSA)の確立、を挙げた。そして、衛星製造技術などを中長期的観点から整備すること、衛星の抗堪性を高めること、国内関係機関や米国との連携強化が目的達成の鍵であることを明言した。

 新宇宙基本計画は、宇宙安全保障の確保、民生分野の宇宙利用の推進、宇宙産業・科学技術基盤の維持・強化を目標とする。そのうち、宇宙安全保障の確保は、日米同盟の強化を主軸に構築する。具体的には、日本の準天頂衛星と米国のGPSの連携強化、日本のSSA能力増強による日米の情報共有、宇宙協力を通じたMDA全般の能力向上などを実施する。そのためには2023年には準天頂衛星7機体制の運用を実現する。また、情報収集衛星の機能向上・機数増を図り、Xバンド防衛衛星通信網を3機体制に拡充する。

 宇宙基本計画には工程表が付されており、このような衛星それぞれの開発、打ち上げ、実証実験、運用・利用の予定が具体的な年度で示されている。すべての打ち上げ機、衛星、政策上の取り組みに至るまで、可能な限りいつまでになにを、が明示される。ここまで予見可能性が高まったことはかつてなく、産業界にとっても事業計画の大きな追い風となるだろう。これらの衛星網はまた、地球規模課題の解決や安全で豊かな社会を実現するための礎石ともなり、新産業創設にもつながる。

 産業基盤の強化のためには、すでに欧米等が確立した第三者賠償制度や民間事業者の宇宙活動についての許可・監督制度、リモート・センシング衛星活用事業を円滑に進めるための前提となるデータ取得・配布の法制度の整備も必須である。そのため、2016年の通常国会に提出することを目指して宇宙法制度整備を行うことが決定された。

 新たな宇宙安全保障政策を踏まえた新宇宙基本計画の明確な方針は、具体的な年次や機数を明示し、退路を断った。こうして「歴史的な転換点」(首相発言)をついに迎えたのである。

(あおき・せつこ)