マララ氏のノーベル平和賞

金子 民雄歴史家 金子 民雄

ヴェールに隠れた強さ

複雑なイスラムの女性問題

 いま世間が一世を風靡(ふうび)するアベノミクスも、元々は経済政策が基本だったのだが、どんなにこむずかしい議論を尽くしたからといって、一般庶民にとっては消費税が10%になるのかどうかぐらいが、せいぜい問題だろう。そんなことより新政策とでもいうべき女性の地位向上策の方が、ずっと倍受けし易いにちがいない。

 そこでいろいろ雑知識をかき集め、女性問題についての下書稿が出来た段階で、なんとせっかく就任した女性大臣が2人とも辞任してしまった。こちらの議論も紙屑になってしまった。反対派の焼き餅で敗退してしまったのだろうが、もしこれが欧米諸国だったら辞職どころか、徹底抗戦が続いたにちがいない。

 世界的見地から見ると、日本は女性を差別し、社会的に冷遇していると言われる。現実はともかく、これには日本人の性格も大きく寄与しているようだ。高学歴の女性がかえって社会に出たがらない風潮もあるという。人目についたり、あまり出しゃばりたくないという日本人の特性もあるかもしれない。

 ただ日本には、「嚊天下」という名言ならぬ片言がある。嚊(かかあ)とは日本で造られた語らしいが、いま少し情緒をもつと<かみさん>になるらしい。しかし、嚊という文字を分析してみると、なんと微妙な表現をしている。本当かどうか分からないが、家庭内で一家を牛耳るときは鼻をふくらませ、口から泡をとばして捲(まく)し立てる。これを一文字で表している。決してわが国の女性が抑圧されていないよい例だ。文句を言われてすぐ引っ込むようでは、日本女性ではない。

 しかし、戦後、さっぱり耳にしなくなったのに女帝というのがある。勿論、これは日本の女帝のことだ。戦前の小学校では、奈良時代、孝謙女帝が重祚(ちょうそ)して称徳天皇になった歴史について、教えられたことが多かったと記憶する。皇位を狙った道鏡とこれを排除した和気清麻呂の話は、当時知らない小学生はいなかったと思う。が、妙なことに戦争が終わったと同時に、こんな話題はぴったりと止んでしまったようだ。なぜか理由は分からないが、こんな古い話を急に思い出した。日本にだって女帝はいたということだ。ただこんな話をしたら外国人は嫌な顔をした。

 話がまた余計なことに流れてしまったが、実は女性とイスラム社会について、ちょっとふれてみたいと思ったからだった。実際に私はほとんどなにも知らないのだが、イスラム教の国ではわが国と違って、とくに女性問題は複雑でむずかしい。われわれにとっては分かったようでいて、理解はまったく不可能に近い。

 最近のニュースでは、こんなことはまあないものと思っていたのだが、今年度(2014年度)のノーベル平和賞の受賞者に、パキスタンの若い女性がなったことだった。まだ17歳というとても超若い女性なのだから、祝福されて当然だろうが、ただその背景を知ると、そう単純に喜んでばかりいられない。

 ノーベル平和賞はスウェーデンではなく、お隣のノルウェーが選考して出している。それは一向にかまわないのであろうが、これがそう単純でなくむずかしさがある。戦前には平和賞を受けたばかりに、ナチ・ドイツ政府から受賞者は投獄され、結局、救い出せず獄中で死亡している。いまの中国ではどうだろう。

 今回のマララ女史の場合、さらにむずかしい。受賞者も1、2年の間は記憶されているが、じきに世間では過去の人になってしまう。しかし、彼女を敵対者と看做(みな)すタリバーンは、彼女の存在する限り、彼女の命を執拗(しつよう)に狙うことだろう。彼らも殺すと宣言している。これをどう処理したらよいのだろう。

 ヴェールを被るイスラムの女性が、みなかよわい女性だと思ったら間違いだと、戦前に30年にも亙(わた)って中東地域で、キリスト教の布教活動をしていた神父が回想している。一般の旅行者には気付かないのだが、特に旅館のおかみになると、亭主すら口出し出来ぬほど絶対君主だったという。ところが子供が生まれ、もし女の子だったりするともう特別扱いであったという。これも10代までで、この期間なら女の子は宝石並みに高価だという。現在でも大量の女の子が攫(さら)われているのをご存知だろう。

 19世紀の末期、日本の参謀本部に福島安正というすぐれた軍人がいた。彼は広く内陸アジアを旅行して回ったのだが、彼は大変困難な旅をしたにもかかわらず、旅行中にほとんど事故を起こすことがなかった。この点が不思議だったので、彼のことを知る遺族の方にもう昔のことだが訊ねたところ、それは現地の女性をみな味方につけたからだという答えだった。

 いま彼の旅のうち、とりわけ注目を惹(ひ)くのは西イランで出会ったクルド人で、彼らについての貴重な情報だった。彼らはイスラム教徒でありながら一夫一婦制をとり、女性はヴェールを被らず、きわめて独立性が強かったという。いま中東戦で一番むずかしいのは、このクルド人をどう扱うかである。爆弾を落とすだけで戦争が終わるとは思えないが。

(かねこ・たみお)