約束しても守らない北朝鮮
多くの“見返り”要求か
遺憾な拉致再調査報告延期
5月末にスウェーデンで開かれた拉致問題解決のための日朝間の外務省局長級会議で、「夏の終わりから秋の初め」には特別調査委員会による第1回目の報告を行うことで、双方は合意し、日本側も「今度は本気だ」と「欣喜(きんき)雀躍」した。しかし、9月29日に中国・瀋陽で開かれた協議で、北朝鮮側は「再調査を続ける」という、木で鼻を括(くく)る内容だった。
このニュースにまたもや期待を裏切られたと、巷からは北朝鮮に対する失望と怨念の声が聞こえてきた。もっともなことである。本論に入る前に、「約束(合意)と守る(履行)」について、私は41年前の「辛くて、苦い」経験を思い出した。
韓国の大学院に留学するためにソウルに行ったが、韓国語もほとんどできず、いきなり大学院の講義が始まった。一日も早く韓国語を習得しようと外国語学院に通い、さらにはいつも笑顔で迎えてくれる茶房(タバン=喫茶店)のお姉さんにコーヒーを飲みながらハングルの読み方を習ったりした。
そしてある日、多少の意思疎通ができるようになったので、お姉さんに「今度の日曜日に徳壽宮でデートしてくださいませんか」と言ったら、お姉さんはいとも簡単に「いいわよ」と答えるではないか。必死で約束の時間や場所を話し、当日、入り口から少し離れた所で待っていた。亡き恩師から「人に会う時は絶対に遅れないように。目上の人に会う時などは30分以上も早く行って、本を読んで待っているように」と教えられていたので、30分前から約束の場所で待っていた。
最初の1時間は「時間にルーズな韓国人だから」と思い、何ら気にしなかった。2時間たっても現れない彼女に、時計を度々見始めたが、3時間たっても4時間たっても現れないので「自分の韓国語が通じなかったのか」と諦め、下宿先に帰って来た。翌日、いつもの通りタバンに行ってお姉さんに、「昨日は4時間も待っていました」と小さな声で言うと、「あら、そんな約束したっけ。でもね、約束しても守る、守らないは私の勝手(事情)だからね。今度は必ず約束を守るから、美味しいのを御馳走してね」と、約束を破ったことなど全く気にしない様子だった。
私の時とは異なり、北朝鮮からこのような答えが帰って来ることは予想されていた。と言うのも、北朝鮮は9月18日に拉致被害者等の再調査にあたっている特別調査委員会が、調査は未だ「初期段階」にあり、第1回目の調査報告を先送りする旨を伝えて来ていたからである。
このような予想しない北朝鮮側の回答に当惑した日本側が瀋陽で協議を開くことを要請し、実現した。マスコミなどは「日本人拉致被害者らの再調査についての意見交換をした」と伝えているが、日本側の伊原局長は「全ての調査が重要だが、特に拉致問題が重要だ」と述べ、再調査を迅速に行い、その結果を速やかに日本側に報告するように求めたと言う。
一体いつまで協議を重ねればいいと言うのか。国民の血税を無駄にしているとは言いたくないが、余りにもだらしないではないか。これでは「泥棒に追い銭」か「泥棒に早く盗んだ物を返せ。返す期間はお前たちに任せる」とでも言っているようなものである。北朝鮮側の宋代表は「さまざまな人間が誠実に取り組んでいる。引き続き努力しようということで一致した」と、強面の顔に不敵な笑みを浮かべて応えた。
宋代表はこの協議の前に「調査結果は十分ある」とし、「最初の調査結果に関し最も簡単な方法は、日本側の関係者が平壌に来て調査委メンバーから説明を受けることだ」と日本側のマスコミに話していたのである。「何と傲慢(ごうまん)で不謹慎な奴だろう」と日本側は思ったであろうが、この発言には宋代表ら(北朝鮮側)の思惑が明らかに読み取れる。
拉致問題の解決は日本にとっても世界的に見ても「人道的・人権問題以外の何ものでもない」。しかし、北朝鮮は拉致問題の解決を「このような次元では考えてはいない」のである。極端な言い方をすれば「再調査を先延ばし」して、「交渉を引き伸ばすことによって日本側の期待を吊り上げ、日本側から多くの“見返り”を引き出すのが目的である」と言っても過言ではない。「下衆(げす)の勘繰り」と言われるかもしれないが、北朝鮮側の対応からはそれしか見えてこない。
そもそも1年前までは日本をさんざん罵倒し、拉致問題については「お前たちはまた、死んだ人間を生き返らせろと言うのか」とか、安倍晋三首相を「東條英機のような戦争きちがい」などと罵っていた国である。それが頼みの綱とした中国に背信行為を働き、まさか習近平が自国より先に韓国に行くとは思っていなかったが、その通りになったので金正恩は狼狽した。
そこで「昨日の敵は今日の味方」ではないが、「そうだ、まだ日本がある。日本から“合法的に金を奪い取ればいい”。彼らは我々に戦後賠償金(実際はそんな金は存在しないのだが)を払わなければならないのだから。拉致問題の解決を軽々しく扱うな」と特別調査委員会に厳命したのだろう。北朝鮮は拉致問題の解決を、自国の経済危機の解決の「千載一遇」ととらえているのである。
(敬称略)
(みやつか・としお)