防災・減災に知災・備災を

拓殖大学日本文化研究所客員教授 濱口 和久

濱口 和久命を守る判断と行動力

「稲むらの火」は貴重な教訓

 8月19日深夜から20日未明にかけて広島市に降り続いた豪雨により引き起こされた土砂災害(土石流や土砂崩れが発生)によって、多くの尊い命が犠牲となった(8月30日時点で72名の死亡が確認されている)。

 一般的に、戦争や紛争は、人種、民族、国家間同士の対立から起こるものであり、人間に理性が働けば、回避することは可能である。それに対して、自然が引き起こす災害には、人間は無力でしかない。

 地球物理学者の寺田寅彦氏は「災害(天災)は忘れた頃にやってくる」という言葉を残したが、私たちが暮らす日本列島に限っては、近年の自然災害の発生頻度を見ると、「災害は忘れる前にやってくる」時代に突入していると言えるだろう。

 事実、3年半前の東日本大震災以降、日本列島では数多くの自然災害が起きている。今回の広島市での土砂災害と同様に、昨年10月、台風26号の豪雨によって死者・行方不明者39人を出した伊豆大島での土砂災害は記憶に新しいところだ。今年に入ってからも、2月の関東・山梨での記録的な大雪、大型台風や豪雨による被害も頻発している。

 今後、首都直下地震や東海、東南海、南海の3連動地震(南海トラフ巨大地震)が起こることが予想されるなか、日本人は否応なくこれらの地震災害からも逃げることはできない。

 東日本大震災では「想定外」という言葉が連発された。逃げられない自然災害から自分の命を守るためには、「想定外」を失くすことが何よりも重要になってくる。

 そのためには、日頃からの防災・減災の取り組みが必要となる。加えて知災、備災も含めた「四つの災」が、命を守るうえでは必要になってくるだろう。

 防災、減災については、誰もが普段からよく耳にする言葉であり、ここでは説明を省略する。それ以外の知災、備災という言葉は馴染みが薄いと思うので、簡単に説明したい。

 知災とは、言葉の通り「災害を知る」「災害を調べる」ということだ。最低限、自分が暮らす地域で過去に起きた様々な自然災害の履歴を調べておくことによって、経験したことのない自然災害から自分や家族の命を守ることが可能となる。

 東日本大震災では、津波によって、多くの犠牲者を出した。津波に関する正しい知識を持っていたら、犠牲者の数は大幅に減ったであろうことは、誰の目にも明らかである。

 また、昭和12(1937)年から昭和22年までの10年間、国定教科書の国語の教材として「稲むらの火」が使用されていた。その後、検定教科書の時代になっても、一部の教科書に多少の修正を加えて採録されていたが、1960年代に完全に姿を消してしまった。

 「稲むらの火」は安政元(1854)年の安政南海地震津波に際して、紀伊国広村(現在の和歌山県広川町)で起きた実話で、地震後の津波への警戒と早期避難の重要性を説いたものである。

 簡単に内容を説明すると、「村の高台に住む庄屋の五兵衛は、地震の揺れを感じたあと、海水が沖合へ退いていくのを見て津波の来襲に気付く。祭りの準備に心奪われている村人たちに危険を知らせるため、五兵衛は自分の田にある刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に松明で火をつけた。火事と見て、消火のために高台に集まった村人たちの眼下で、津波は猛威を振るう。五兵衛の機転と犠牲的精神によって村人たちはみな津波から守られた」という話だ。

 「『稲むらの火』の教材が現在も教科書に残っていたならば、東日本大震災のときの津波で多くの児童・教師が犠牲となった宮城県石巻市の大川小学校の悲劇は防げたかもしれない」という声さえ上がっている。

 17世紀の英国の哲学者フランシス・ベーコンが説いた「知識は力なり」こそ、自然災害が起きたときには必要な能力なのだ。

 次に備災とは「災害に備える」ということである。自然災害が起きると、行政・自治体が助けてくれるという意識が日本人には強いが、基本的には行政・自治体に依存しないで自分や家族の命を守るための避難行動(避難ルートの複数の確認、家族との連絡方法)や、備蓄品・非常持ち出し品などの準備を怠ってはならない。

 阪神・淡路大震災での死亡原因の8割が、建物の倒壊や家具の転倒による圧死・窒息死であったことを考えれば、私たちが毎日暮らしている自宅の耐震補強や家具の転倒防止なども、命を守るうえで重要な地震に対する備災の力となる。

 防災・減災・知災・備災の「四つの災」の能力を高めるためには、日頃からの自然災害に対する教育や訓練が基本となると私は思う。そのときに注意しなければならないのはマンネリ化だ。初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏は自著「『国土』喪失。」(PHP研究所)の中で、自然災害が起きたときに求められる人材は「人財」だと述べている。

 一人ひとりの日本人が「人財」として判断・行動できる能力(四つの災)を日頃から身に付けておくことが、自分や家族の命を守ることに繋(つな)がるということを絶対に忘れてはならない。

(はまぐち・かずひさ)