日朝合意履行は世界の関心
拉致解決への第一歩か
経済的打開が北朝鮮の目的
小欄の原稿を書き終えて送稿しようとしていた矢先の5月29日夕方に、東京の知り合いのマスコミ社から「安倍首相の談話を聞いていますか。後ほどまた連絡します」という電話があり、「どういう内容の談話か」というこちらの問いには答えずに切った。あわててテレビをつけてみると、安倍晋三首相がスウェーデンで開かれていた日朝の外務省局長級の政府間協議の結果を受けて、「北朝鮮が全ての日本人拉致被害者と拉致の可能性が排除できない特定失踪者について再調査することで合意した」という場面を繰り返し報じているではないか。
協議初日の26日の内容を聞いたとき、今回も3月の北京での協議内容を越えることにはならないだろうと早計していただけに、「北朝鮮は生存する被害者らが確認された場合、帰国させる方向で必要な措置を講じる」と言っていることに、わが耳を疑いながらもその後の拉致関連のニュースを聞いていくと、「これは今までと違う」と直感し、予定稿を止めてこの原稿を書いている。
しかも、29日に朝鮮中央放送など北朝鮮国営メディアも同じ時刻に「わが方は日本人の遺骨や墓地、残留日本人、日本人配偶者、拉致被害者、行方不明者を含む全ての日本人に対する包括的調査を全面的に同時並行して行うこととした」と発表している。合意事項には日本側がこれまで強く求めてきた「拉致被害者及び拉致された可能性のある特定失踪者」の真相ばかりでなく、それ以外の「1945年前後に北朝鮮域内で死亡した日本人の遺骨及び墓地、残留日本人並びにいわゆる日本人配偶者」まで含まれている。
なぜ、「拉致問題」の解決事項に、他のこれまでほとんど論じられることのなかった事柄まで入っているのか(2~3年前から日本人の遺骨の収集や日本人墓地への墓参問題が話題にはなってきていた。また、日本の外務省はこれまで“骨と妻”の問題解決には積極的ではなかったと聞いている)。
これらの合意事項から日本側の熱意もさることながら、北朝鮮側の並々ならぬ決意が読み取れるが、問題はこれらの文言をいかにして行動に移し、いかなる結果を示すかである。それは安倍首相が記者団に「全ての拉致被害者のご家族がご自身の手で、お子さんたちを抱きしめる日がやってくるまで、私たちの使命は終わらない」と決意を述べていることに尽きる。この合意事項は双方が是非、必ず履行されなければならず、今や北朝鮮による日本人の拉致問題の解決は、日朝間だけではなく世界の関心事として注目されている。合意事項からは「絵に描いた餅」に終わらせぬ、という双方の意思が読み取れるが、「言うは易し行うは難き」である。
事実、日本と北朝鮮との間では拉致問題の解決をめぐり、これまで幾度となく政府間や水面下で交渉や協議が行われてきた。その結果、2003年9月の日朝首脳会談で金正日総書記(当時)が日本人拉致を初めて認めて、一部の方が祖国の土を踏むことができた。しかし、これは日本側が求めていた拉致被害者の全員ではなかった。その後も日本側の執拗(しつよう)な解決の要求に、北朝鮮側が調査の結果として、拉致被害者の横田めぐみさんや松本薫さんの「遺骨」を出してきたが、日本側の鑑定で偽物と判明し、日本側を失望させた。
これは「煮え湯を飲まされた」という苦い経験にとどまらず、それこそ憤りを通り越して日本人は改めて北朝鮮側の拉致問題解決への誠意を疑い、この問題の解決に絶望感さえ抱くようになった。しかし、「今回の協議はこれまでの交渉とは違う」と、北朝鮮側の強面(こわもて)の宋日昊代表が語ったように、この合意を解決するために(北朝鮮側の誠意を見せるために)、北朝鮮側と3週間前後で特別調査委員会を設置し、調査をスタートすることを約束した。
まずは3週間前後の動きを注視しなければならないが、これまで「拉致問題は解決済み」と断言し、「拉致問題解決の協議に応じてはならない」と金正日総書記の遺訓が伝えられる中で、北朝鮮側はいかなる人物や機関から構成された特別調査委員会を設置するのか。しかも、再調査には日本側は加わらず、期限も設けられていない。日本人拉致被害者は政府が認定した北朝鮮による被害者は17人で、5人が帰国しており、民間団体の特定失踪者問題調査会や警察当局が捜査している「拉致の可能性を排除できない失踪者」は860人以上いるとみられていることから、調査には相当の期間と動員力を要することであろう。
日本側も再調査の期間に関しては「いつまでということは決まっていない」と期限は区切っていないと述べているが、「北朝鮮は生存する被害者らが確認された場合、帰国させる方向で協議」と約束しているから、すでに調査の作業は始まっているものと理解し、今度こそ拉致問題の全面的な解決が見られることを期待するばかりである。
それは「日本は再調査の開始時点で独自制裁の一部を解除する」が、北朝鮮が経済的困窮を打開するために日本に救いを求めた、今回の討議に参じた最大の目的であるからだ。他のコメンテーターが異口同音に言っている、「日本の切ったカード」が無効にならないことを祈るばかりである。
(みやつか・としお)