日本の立ち位置 冷静に探れ
戦後国際社会の構成員
中国的価値観には対抗手段
最近、特に昨年12月の安倍総理靖国参拝以来、何故か私は気分がすぐれない。
何かもやもやとした、憤りというか、微かな不安さえ感じる。この政権の下、一体この国は何を目指し、どこに連れていかれようとしているのか? これまでと全く異なる雰囲気が醸成され、その中で国民はムード的に発酵し、その結果、日本は国民が真に望んでいる方向とは異なる場所に気が付かないまま誘導されつつあるのではないか。
私は2012年12月安倍第2次内閣が発足した際、これを真に喜んだ。3年に及ぶ民主党政権があまりにも醜態をさらした後だけに、余計に大きな期待を持ったものだ。2006年発足の安倍内閣の際、私はベトナム駐在の大使であり同年11月、安倍総理をハノイにお迎えした。また、それに先立つ10月にはベトナムのズン首相を日本に迎え、日越首脳会談を安倍総理との間で行い、「日越戦略的パートナーシップ」を打ち出した。また、安倍さんは最初の外遊で中国を訪問した。若々しい総理をいただき、我が国の新たな外交、就中(なかんずく)アジア外交がスタートしたかに見えた。
そもそも彼が第1次内閣の際「戦後レジーム」を変えると言った際には、国民は憲法改正、特に第9条を変えるということかな、ぐらいの漠とした理解ではなかったか。そして第2次安倍内閣の発足と国会のねじれ解消による「1強多弱」の政治情勢の下、靖国参拝、集団的自衛権問題、武器輸出三原則の見直しの動きなどと進み(ODA大綱の見直しで軍事分野までODAに含ませようとしている)、今や彼の言う「戦後レジーム」を変えるとは一体全体何を意味するのかが明確になりだした。
総理の周辺にいる股肱(ここう)の臣の不用意かつ無神経な発言が、やや荒っぽい形でこの輪郭をより明確にしている。所謂(いわゆる)「自虐史観」についてだが、これを正すのは「過去の行為」を正当化するという方ではなく、現在の我々の国や社会が如何に価値あるものであり、世界に誇れるものであるかを日本人が認識し、世界もこれを受け入れることによるべきではないか。
「戦後レジーム」は日本の敗戦という厳粛な歴史的事実の結果作られた。「敗戦」であり「終戦」ではない。理由はともあれ、戦った結果負けたのであり、(いろいろ言いたいことはあっても)まず我々日本人は潔くこれを受け入れるべきであり、これが「武士道」というものではないか。グチグチ今頃になって「くだ」を巻くのは誇り高い我々日本人が取るべき態度ではない。
しかも、所謂我が国の戦後レジームと言えども我が国だけが一人この構成要素ではなく、国際社会全体の戦後レジームの中の一つの構成要素であり、我が国の立ち位置を大きく変えるということは、国際社会全体の有り様をも変えることにつながる可能性があることを理解しなければならない。中国に限らずアメリカ、ヨーロッパまで神経質な理由はここにある。特に我が国のような指導的立場にある大国の場合には尚更であろう。
現在、世界は中国の台頭により何世紀に一度かの歴史的転換点にある。中国は誰が何を言おうと世界の覇者になろうとしている。軍事力、経済力、そしてその物理的「マス」を梃子に国際社会の規範、ルールを変えようとしている。まさに「近代のレジーム」を変えようとしているのである(第2次大戦戦勝国としてのレジームは確保しつつ)。
中国の軍事力拡大は阻止できないが、「中国的価値観」の拡大には少なくともアジアでは対抗手段がある。それは我が国の持つソフトパワーであり、それはまた必ずしも文化、スポーツ、科学技術などに限られず、他の大国とは違う「平和国家としての生き様」ではないか。
中国の台頭は避けられない歴史的現実としても、我が国の領土、価値観までも譲るわけにはいかない。この命題と我が国が戦後歩んできた道程の真っ直ぐな延長線上にある「生き様」を築いていくという命題、この両立を図るには具体的にどうしたらいいか? 学者、政治家ら所謂識者、そして国民は感情論に走るのではなく、今こそ冷静に考え、論じる時ではないだろうか。
冒頭触れた靖国参拝について論じれば、昨年12月の安倍総理参拝までは尖閣問題を巡り明らかに国際世論は日本に好意的であった。この領土問題にはそもそも軍事的解決以外明確な出口はなく、それが不可であれば外交的努力により国際世論を少しでも有利に導くことにより現状維持を図る以外、手はないではないか。にも拘らず、自らの個人的信念を貫くために、参拝したことは我が国の国益を大きく害したと言わざるを得ない。
それまでの国際世論の方向を大きく変え、中国にまたとない、対日批判、攻撃の材料を提供してしまった。アメリカが「失望した」と思うのは(言うかどうかは別として)理解できる。「敵」に塩を送ったのだから。
私の不機嫌な理由はそこにある。
(はっとり・のりお)






