新たな均衡を模索する米国

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みきロシア、中国との対峙

利害複雑で戦略的思考重要

 オバマ大統領を迎えるアジアは期待と不安を抱いている。アジア回帰はまだアメリカの政策なのか。リビアやシリアでの紛争ゆえにアメリカはなかなか中東から足を抜けなかったが、ロシアのクリミア半島への軍事介入、ロシアへの編入に始まったウクライナの将来を巡っての東西の駆け引き、プーチン大統領のあからさまな挑戦が、バルト3国やポーランドなどにもたらす脅威が、アメリカに「欧州への再ピボット」を余儀なくさせているかに見える。

 オバマ大統領の訪問先となる日本もフィリピンも中国との領土問題をかかえ、軍事的衝突を避けながら、外交や国際的手段での解決を図っている。頼りとする同盟国アメリカは、尖閣諸島は日本の施政下にあり、日米安全保障条約の適用対象になると述べ、一方フィリピンが領有権を巡り国際海洋法廷裁判所に提訴するのを支持した。アメリカのウクライナや北大西洋条約機構(NATO)同盟国への姿勢は、アジアにおけるアメリカの行動を示唆するのであろうか。

 アメリカはウクライナの臨時政府を支持し、外交的な解決努力の先頭に立ち、経済制裁を発表した。ウクライナ近隣諸国はNATOの加盟国であるが、アメリカはバルト3国上空警備のF15やポーランドへのF16の配備をわずかに増やし、駆逐艦を黒海に派遣し、海兵隊の追加配備の発表はしたものの、ウクライナへの軍事物資や諜報(ちょうほう)の提供といった、より効果的な行動に出ていない。次は自国かと恐れるロシアと国境を接する国々は不安におののいている。

 しかし、アメリカが米軍やNATO軍の大量派遣、あるいは地中海で待機する原子力空母を黒海に派遣すると発表したら、プーチン大統領はどのような行動をとるだろう。第1次世界大戦勃発100周年の年に誰も新たな戦争は望んでいないが、軍事衝突の可能性を高めるだけであろう。

 今回の紛争は、ロシア寄りのヤヌコビッチ大統領が、締結するはずであった欧州連合(EU)との協定にロシアの圧力を受け調印しなかったことで反政府デモを誘発したことに始まった。ウクライナが西側組織と密接な関係を結ぶことにより、西側に組み込まれることをロシアが恐れたのは明らかである。プーチン大統領はロシアを中心とした旧ソ連邦支配下諸国との統一経済圏「ユーラシア連合」構築を目指しており、ウクライナはその要となるはずであった。

 しかし、クリミアとは違い、ロシア系住民の多い東ウクライナですらロシアに併合されることを望む住民は少数である。プーチン大統領もそれは望まないであろう。東西の緊張の高まり、西側、特にわずかではあるがアメリカが課した制裁はルーブルを下落させ、世銀は、緊張が続けばロシアのGDPは1・8%縮小するとの予測を発表している。

 クリミアだけでも年金補助、ロシアとクリミアを結ぶ橋やガス・パイプラインの建設などのインフラ整備などが重い負担となる。東ウクライナ、さらにはモルドバの一部やバルト3国にまで食指を伸ばせば、軍事的な負担ばかりでなく、財政上の負担は計り知れない。EU、ましてやNATOの加盟国へ侵攻すれば、厳しい制裁や軍事衝突の恐れがある。

 プーチン大統領はより計算高い。クリミアと同じく、東ウクライナでもロシアは、「住民に請われ」ロシア系住民を「ネオナチなどファシストから守る」と主張している。あからさまな軍事介入をするのではなく、住民の「解放運動」を支援する手法であるが、これは冷戦終結を招いたアメリカのポーランドのソリダリティー(自主管理労組連帯)支援などに学んだといわれる。プーチン大統領はウクライナが連邦化し、ロシア系住民の多い地区がロシアと密接な関係を固めることでウクライナ全土にも影響を与えることを狙っているのであろう。

 戦争を望まず、イランの核問題やシリア情勢でロシアの協力が必要なアメリカは、ロシアの不安やいら立ち、そしてロシアとの経済貿易関係の深いドイツなど西欧の立場を考量しながら、ウクライナの地政学的位置ばかりか地域におけるロシアとの新たな均衡を探らざるをえない。

 アジアにおいては、同じく日本や韓国、フィリピンといった同盟国との結束を固め、軍事的・政治的支援を提供し、安全保障上の安心感を与え、さらには法に則(のっと)った自由民主主義的国際秩序の定着を図っている。しかし、自国に次ぐ経済大国となり北朝鮮の核問題などで協力の必要な中国と敵対的な関係になることも、中国を国際的な枠組みから外すこともできない。新たな大国との力関係の落ち着きどころを模索せざるをえない。

 経済や技術のグローバル化により、冷戦時代とは違い東西陣営の利害は複雑に入り組んでおり、敵を痛めようとすれば、自らの陣営への痛みも伴う。新たな冷戦が訪れたわけではない。しかし、冷戦時代のようにアメリカの同盟国は、いざという時のアメリカのコミットメントに不安をいだき、それを確かなものにするため時に狡猾(こうかつ)な、賢い計算をし、一方、アメリカは同盟国に安心感を与え、自らの陣営に抱き込みながらも中国とロシアという新旧大国とのバランスを計るという戦略的思考の深さが全てのプレーヤーに求められている。

(かせ・みき)