ロシアに還ったクリミア
明らかだった住民意思
絶対の正義はない国際政治
ロシア大統領プーチンはかねてから「ユーラシア連合」の名でソ連時代の版図と威信を回復したいという野心を隠していなかった。そこに今回、独立を宣言したクリミアのロシアへの併合要請があり、ロシア全土が燃え上がった。プーチンはこれを機に不退転の決意を示した。
これに対してアメリカとヨーロッパの主要国がとった制裁は、G8からの除外と限定的な経済封鎖だった。そもそも世界の七大経済大国の集まりだったG7にロシアを加えたのは、アメリカでのサミット開催の機会にクリントン大統領がエリツィン大統領の願望を受け入れたもので、日本は内心反対だった。ロシアはそれ相当の資格がなく、現在でもサミット初日の経済討議には参加できないでいる。G8から外されてもプーチンは痛痒(つうよう)を感じない。すでにアメリカと日本は往年の国力を失っており、一方で中国が経済規模では世界第2位になっているので、G20の方が国際的に影響力が大きい。
オバマ大統領は、クリミアの住民投票はウクライナの憲法に違反している、と述べているが、クーデターや革命や部分独立は、それまでの国家の法規に照らせば反逆行為に相違ない。だが、アメリカ建国もイギリス本国に反旗を翻したものであり、近年ではエジプト、チュニジア、リビアの旧政権打倒も国際的に承認されている。
プーチンは、セルビアのアルバニア系少数民族がコソヴォ共和国として独立した例を引いている。もっとも、ロシアはコソヴォ国家を承認していないから、クリミアの前例としては東チモールを挙げる方がよかったろう。
私はウクライナに5度、クリミアに2度行ったことがある。モスクワ特派員中の1977年には自動車でモスクワから長期取材に出かけた(詳しくは拙著『続・ソヴィエト見聞録』講談社文庫を参照)。「ヨーロッパのパンかご」と呼ばれたウクライナ穀倉地帯を過ぎてクリミア半島に入ると、そこは紛れもなく「ロシア」だった。
帝政ロシアのエカテリーナ女帝は1783年にクリミア汗国を征服した。以来ロシア人の植民が進んだが、特にスターリンがクリミア・タタールをドイツ占領軍に協力した罰として中央アジアに追放してからは、ロシア人が多数を占めるようになった。その後、1954年にフルシチョフ第1書記がクリミアをロシアからウクライナに移管した。フルシチョフは少年時代に、ウクライナ東部のドネーツクで炭鉱夫をしていたし、夫人はウクライナ人と言われていたから、ウクライナに好意的だった。そこで地続きを理由にクリミアをウクライナ領にした。当時はロシアもウクライナもソ連の一部であり、実際に国境があるわけではなかったので大きな反対運動は起きなかった。私がクリミアを訪れたのはそれから23年も経っていたのに、街路の表示などもほとんどがロシア語であり、ウクライナのにおいはどこにもなかった。
91年にソ連が崩壊すると、当然クリミアの地位が改めて問題になり、独立やロシア復帰の動きが活発化したが、関係国に当事者能力がなく、そのままだった。だが、クリミアの住民の意思はおのずから明らかだった。
国際政治には絶対の正義など存在しない。時代は異なるが、アメリカのテキサスやハワイの併合は陰謀と不正義の塊だ。「力は正義なり」とは言いえて妙である。
ロシアとウクライナは互いに愛憎相半ばしている。古代ロシアの首都はキエフであり、988年にヴラジーミル大公がギリシャ正教に改宗した。やがて南からはイスラム教のクリミア汗国、西からはカトリック教のポーランド・リトアニア勢力が侵攻した。その後、北から「大ロシア」帝国がコサックを支援して乗り込み、18世紀後半には「小ロシア」に覇権を確立した。ロシアの著名な作家、プーシキン、トルストイ、チェーホフらはウクライナとクリミアを訪れて、作品を残している。
ロシア革命後ウクライナはソ連に組み込まれたが、当時のソ連の15の共和国の中ではロシアに次ぐ重要な民族共和国だった。ソ連が崩壊してウクライナは独立したが、親西欧と親露の対立が激しくなり、苦難はむしろ増大した。反露のユーシェンコ大統領、それと対抗して中立を模索するティモシェンコ首相、それを押しのけて大統領に就任したヤヌコヴィッチ大統領――彼らはみな国内経済の改善よりも政敵の抹殺に熱心だった。特にヤヌコヴィッチは私腹を肥やした上にティモシェンコを投獄したほか、EUとの交渉を突然打ち切り、ロシアにすり寄ったため、キエフを中心に暴動が発生し、暫定政権が成立した。
ところが、この勢力が新しい議会でロシア語の第2公用語を廃止すると決議したことがクリミア離脱の直接の原因となった。悪循環は続く。放置すれば事態は悪化する。プーチンはこれ以上ウクライナを併合する愚は犯さないだろう。ロシアが提唱しているウクライナ連邦化は当面許容できる解決策かもしれない。
ただ、ロシアの行動をソ連のバルト3国併合や東欧衛星国の形成になぞらえて、中国の尖閣武力制圧につながると考えるのは短絡である。ソ連の衛星国支配は占領後に傀儡(かいらい)政権を樹立して従属させた。今度のクリミアは住民の意思表明に基づくものである。尖閣には居住者はいない。そこに何かが起こるとすれば明白な武力侵略だ。
(おおくら・ゆうのすけ)