日露の安全保障戦略の比較
自ら縛る愚を犯す日本
露の「脅威」は米・NATO
昨年末、我が国で「国家安全保障戦略」(以下安保戦略)が戦後初めて制定された。安倍首相であってこその偉業である。
だが、内容において疑問に思うことがあり、これからの論議に資するため、ロシアの「2020年までの安全保障戦略」(09年制定、以下露安保戦略)と対比しつつ考察してみたい。
エリツィン時代(当時は安全保障構想)からの歴史を有する露安保戦略について、筆者はこれまで構成や内容を批判的に論評してきたが、我が安保戦略に比し充実している。
安保戦略は、「外交、防衛政策を中心とした戦略的アプローチを示し」「海洋、宇宙、サイバー、政府開発援助、エネルギー等の安全保障関連分野の施策に指針を与えるもの」とし、「10年程度の期間」を対象としている。日本が「経済大国」であり、「経済発展を通じ」国の「繁栄を実現し、平和と安全をより強固なものとする」としながら、安保戦略では経済を対象外としている。なお、安保戦略の公的下位文書は防衛計画の大綱のみであり、外交に関しては欠落している。
露安保戦略は、主権や領土の擁護、ロシアの持続的発展のため「国家の戦略的優先的事項」を示し、「世界的大国へと変貌させる」とする。期間は約10年、①国防、②治安・社会の安定、③生活の質の向上、④経済成長、⑤科学・技術と教育、⑥保健、⑦文化、⑧環境保護、⑨国際社会での戦略的安定の9項目を立て、各項目の戦略的目標(例えば世界でGDP5位内)を示し、目標達成の細部を示している。
国防、外交だけでなく、経済、科学技術、教育、保健、文化など広範囲を対象としている。対象機関も軍のほか多くの国家機関が関係し、露安保戦略に基づき、軍事ドクトリン、対外政策構想、海洋ドクトリン、情報ドクトリン、さらに経済発展計画など戦略的文書・計画が規定・策定されている。総合的かつ系統的であり、下位文書においてさらに具体化が図られている。
「戦略」なので、当然各分野における脅威をどう捉えるかが、大きな焦点である。
安保戦略は、全世界的には大量破壊兵器等の拡散脅威、国際テロの脅威、国際公共財(海洋、宇宙、サイバー空間)に関するリスク、グローバル経済の抱えるリスク、「人間の安全保障」に関する課題を挙げ、アジア太平洋地域において北朝鮮の軍事力増強と挑発的言動、弾道ミサイルの開発や核兵器の小型化を脅威の質的深刻化と捉え、また中国の軍事力強化と各種領域への積極的進出を緊張を高める懸念事項としている。
全世界的なものは脅威といい、地域のことは一段低い表現である。逆ではないのか、と言いたくなる。とくに中国は「国際法無視の独自の主張に基づき、力による変更の試みとみられる対応」をとっているにもかかわらず、この評価は抑制し過ぎである。なお、防衛計画の大綱における脅威などについては安保戦略と変わりなく、より簡略である。
露安保戦略は、「軍事安全保障上の脅威は、ハイテク兵器・非核戦略兵器の開発、グローバルなミサイル防衛システムの構築及び宇宙の軍事化といった分野において、特に戦略核戦力分野における圧倒的優位の獲得を目指した一連の先進諸国の政策、また核、化学、生物兵器の拡散、大量破壊兵器・運搬手段の生産を目指す一連の先進諸国の政策である」としている。
これは主として米国をはじめとするNATO諸国を想定したものである。また脅威を米国やNATOと暗に示し、「欧州・大西洋地域における安全保障機構が機能していない」と指摘するとともに、これまで同様無視できない最重要要因は「NATO軍部隊のロシア国境への接近とNATOのグローバルな機能という手前勝手な国際法無視の行動である」とする。下位の軍事ドクトリンにおいて、脅威と危険性の二つに分け、主要な脅威を五つ列挙している。
まず最初に、国家間関係の「軍事・政治的状況の急激な先鋭化と軍事力行使の条件の発生」があり、今次ウクライナ問題を想定していたかの感さえある。さらに露安保戦略は、長期見通しにおいて「今後はエネルギー資源の支配をめぐる紛争が激化する」と見、その地域として「中東、バレンツ海の大陸棚、北極地域、カスピ海域、中央アジア」を挙げ、「資源を巡る争いが軍事的対立に転化する」と予測している。より詳細・具体的である。
安保戦略は、専守防衛に徹し、非核三原則も守るという。露安保戦略は、このような自らを縛る愚は犯さない。「専守防衛」はわが国特有の用語である。敵の思う時期・場所への武力行使を許し、われの武力行使は必要最小限に止めるという。これに非核三原則である。集団的自衛権は憲法上権利はあっても行使できない。また日米安保条約があっても、現オバマ政権はどこまで条約を守ってくれるのだろうか。
専守防衛の戦力として現自衛隊では限度がある。シビリアン・コントロールと言うが、多くの政治家や国民は軍事に疎く関心が薄い。すべては脅威認識に帰着する。(露安保戦略訳文は乾HP http://atlantic.gssc.nihon-u.ac.jp/~inui/index.htm)
(いぬい・いちう)