【社説】核の共有論議 先入観排し安保政策再検討を
安倍晋三元首相が米国との核兵器の共有(ニュークリア・シェアリング)に言及した。日本には非核三原則(「持たず、つくらず、持ち込ませず」)があるが、世界の安全がどのように守られているかの現実を直視し、こうした議論をタブー視すべきではないとの問題提起だ。
米同盟国が自国に配備
核兵器の共有とは、核兵器を持たない米国の同盟国が米国の戦術核兵器を自国領内に配備し、有事には自国の軍隊が使用できるシステムで、北大西洋条約機構(NATO)加盟国のドイツやオランダなどが採用している。平時は米国が維持管理し、有事に受け入れ国の軍隊が核兵器を使う場合も、最終的な使用権限は米国が保持している。
安倍氏の発言は早速国会でも論議された。岸田文雄首相は、核の共有が非核三原則の「持ち込ませず」に抵触するとして否定した。しかし安倍発言は、厳しさを増す国際情勢の中、先入観を排しあらゆる角度から日本の安全保障政策の在り方を冷静に再検討すべきとの趣旨であり、正鵠(せいこく)を得ている。
ウクライナを侵略したロシアのプーチン大統領は、核戦力を「特別態勢」に移すよう命じ、ウクライナや自由世界に露骨な核の恫喝(どうかつ)を行った。ウクライナは冷戦当時、旧ソ連邦の一員で、ソ連崩壊後は世界3位の核兵器保有国だった。1994年に核拡散を防ぐため関係国と結んだブダペスト覚書で、領土の保全と主権尊重を条件に核兵器を放棄した経緯がある。
ウクライナが核保有国であれば、プーチン氏も軽々に手を出せず、侵略を思いとどまったのではないかとの指摘もある。核保有国の攻撃を防ぐには自らも核武装する必要があると考え、核開発に乗り出す国が存在するのも国際世界の現実だ。
わが国はこうした厳しい実態を直視する必要がある。核大国中露の覇権主義的行動が強まり、さらに北朝鮮の核ミサイル脅威も高まる現状を踏まえ、抑止力確保の在り方について現行の政策変更を伴うものであっても排除することなく、さまざまなオプションを検討の俎上(そじょう)に載せるべきである。
核の共有で、非核保有国の日本も米国の核抑止力を最大限活(い)かすことが可能となる。日本国憲法上、自衛のための必要最小限度の核兵器の保有は認められる(政府解釈)。非核三原則は佐藤栄作政権が打ち出した「政策」であり、歴代政権が継承するが憲法上の要請ではない。特に「持ち込ませず」は、米国の「核の傘」の効果を減殺するとの批判もある。
原子力の利用を平和目的に限定する原子力基本法なども、審議を経て改正は可能だ。半面、抑止力強化が目的でも、周辺諸国の対日警戒心や敵視が強まる危険はないか、対米依存が進み自主国防の意識を削(そ)ぎはしないか、さらに日本が締結している核拡散防止条約(NPT)の扱いなど検討すべき課題も多い。
タブー恐れぬ議論を
安倍発言を契機に、タブーを恐れず、幅広く、そして現実主義の立場から核の共有を含め、わが国の安全保障政策の在り方について活発な議論が展開されることを期待したい。