女子体操界パワハラ騒動の背景に「日体大」対「朝日生命ク」の構図
◆全く視点の違う両誌
同じことでも視点を変えると全く違って見えてくる。人間は感情の動物だから、事実よりもいったん抱いた感情の方が勝り、ものの見方が歪(ゆが)むのだ。その歪み方は白が黒と見え、黒が白と見えることはしばしば。それが今、女子体操界に起こっている。
世界選手権4位の実績を持つ宮川紗江選手への速見佑斗コーチの暴力が問題となっていたところ、宮川選手がむしろ、速見コーチを処分した日本体操協会の幹部である塚原光男副会長、その妻の塚原千恵子女子体操強化本部長によるパワハラを告発するに至った。何がどうなっているのか、テレビのワイドショーが連日取り上げるが、さっぱり要領を得ない。ここは週刊誌にじっくり真相を探ってもらう場面だ。
ところが、ライバル誌の週刊文春(9月13日号)と週刊新潮(同)が全く違う視点で伝えている。文春が「塚原千恵子の『往復ビンタ、腹蹴り』」とパワハラどころか、こっちも“暴力”を振るっていたと伝えれば、一方、新潮は「女帝『塚原千恵子』が懺悔の『全真相告白』5時間」の記事を載せた。まず文春から見てみよう。
◆「女帝」の暴力を暴露
「女帝による恐怖支配の実態」とおどろおどろしいリード文から見ても、塚原攻撃の記事であることは間違いない。その暴力はどんなものだったのだろうか。体重管理に失敗した選手が「お腹を前から蹴られたこともあります」(元女子選手)だとか、「公式戦でも所属選手に容赦ない鉄拳制裁を浴びせ、海外の選手を震え上がらせることもあった」のだそうだ。
速見コーチのように“常習”ではなかったにせよ、選手に鉄拳指導をしたことはあったようなのだ。暴力は絶対悪いし、暴力は「指導」ではない。厳しさを暴力でしか表せないというのは指導者の力量不足であり、想像力が拙劣な証拠だ。指導者自身の感情管理ができていない。
ただ、日本人選手に特有なのかは分からないが、指導者の鉄拳指導を「熱心さ」「選手のためを思えば」のものだと“善意解釈”しようとする傾向がある。それで結果が出ていれば、なおさら肯定的に受け止めるものだ。宮川選手が速見コーチをかばうのにはそういう心理が働いていると見るのが妥当だろう。
さて、文春は塚原夫妻が共に日本体育大学出身ながら、同大や同大出身者とは対立関係にあることを伝えている。光男氏が卒業後、大学に残るとみられていたが、実際はライバル関係にあった同じく金メダリストの監物永三氏が残った。光男氏は民間に出て、千恵子氏と朝日生命体操クラブを設立し、「母校への敵対心を原動力に」して、「五輪選手を多数輩出する名門クラブへと成長」させた。
そういえば、塚原氏を批判しているのは金メダリストの森末慎二氏や池谷幸雄氏、池田敬子氏など、日体大OBばかりだ。ちなみに速見コーチも日体大出身。今回の騒動の背景に「塚原夫妻」対「日体大」の構図がある。むしろ、両陣営の主導権争いの中で告発や誣告(ぶこく)が行われたというのが本質なのかもしれない。
◆“悪役”に発言の機会
新潮は「女帝」にされ「モンスター」にされた千恵子氏の話を「5時間」じっくりと聞いた。「速見コーチの暴力問題はどうなったのか。暴力の罪はパワハラより軽いのか。本誌はそんな疑問を抱き、速見コーチが処分されるに至った経緯を細かく検証した」という。
そこで千恵子氏が訴えたのは実際に、長年女子体操界を牛耳ってきた「女帝」ではなく、12年間役員を離れていた時期もあり、また、宮川選手を引き抜こうとしたわけでもないということだ。報じられている内容に一つ一つ反論した。
両誌をみると、繰り返しになるが「日体大」対「朝日生命体操クラブ」の構図が浮かび上がってくる。その間には内村航平選手のように“引き抜き”合いもあった。その争いに将来有望な宮川選手が巻き込まれた、というのが騒動の本質なのではないか。
最後に新潮はワイドショーが塚原夫妻を「『パワハラだ!』と集団リンチのように責め立てる」のは「そっちの方がよっぽどハラスメントだと思うが」と「スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏」のコメントを載せている。時の“悪役”にあえて発言の機会を与える。週刊誌のよくやる手だが、新潮の千恵子氏インタビューは読ませる企画だった。
(岩崎 哲)