瓦解する反辺野古派 「県民投票」めぐり亀裂
《 沖 縄 時 評 》
移設妨害の限界浮き彫りに
◆法的拘束力ない投票
沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設をめぐって、移設反対派の一部が「県民投票」の実施を主張している。
2月の名護市長選挙で移設反対派の稲嶺進市長(当時)が落選、「地元が反対」の根拠が崩れた。これを県民投票でひっくり返し、移設反対の「民意」を示そうというのが狙いだ。それも今年11月の県知事選挙との“ダブル投票”か、その直前に実施し、翁長雄志知事の再選に弾みをつけたい考えだ。
だが、県民投票には法的拘束力はない。また公職選挙法が定めるような投票運動の規制もない。言ってみれば、好き勝手なことができる。それを知事選に絡めて行えば、大掛かりな“違法選挙運動”を許しかねない。反辺野古派が結集する「オール沖縄会議」の中にも県民投票への異論が噴出し、内部分裂の兆しを見せている。県民投票とは何なのか―。
これまで沖縄では住民投票が2回あった。1996年の「基地の整理・縮小と日米地位協定の見直し」を問う県民投票と、97年の「海上ヘリ基地建設」を問う名護市民投票だ。
県民投票は95年の米兵による少女暴行事件直後で、大田昌秀・革新知事(当時)が米軍用地の強制使用手続きの代理署名を拒否したが、裁判で敗訴。それで県民投票で反基地の民意を示そうとした。県税の無駄遣いとの批判も受け、賛成が多数を占めたものの、投票率は59・5%にとどまった。
一方、日米政府が普天間飛行場の返還に合意し辺野古移設を決めたのを受けて実施されたのが名護市民投票だ。投票率は82%で、「反対」54%、「賛成」46%で、わずかに反対が上回ったが、比嘉鉄也名護市長(当時)は「民意はそこにはない」として投票3日後の同年12月24日に受け入れを表明、辺野古移設の先鞭(せんべん)をつけた。
その真意を比嘉氏は昨年12月25日付の沖縄タイムスで次のように語っている。
「(投票結果は)予想はしていなかった。住民投票というのは初めてで、通常選挙みたいに違反取り締まりがないから、おおっぴらに飲食接待し、日本本土から支援者も動員して蜂の巣をつついたみたいに大騒ぎになった。どっちが優勢かわからず乱れに乱れた」
「市民の意思を示す投票というのは規制の中でやらないといけない。(市民投票には)本当の民意はそこになかったと思っている。それで信念に基づいて決断しようと思った」
比嘉氏は記者の「公選法の規制に基づいて実施されていれば受け止めは変わったか」との問いに「そう。変わったと思う」と、反対派の異様な投票運動が民意を歪(ゆが)めたと断じ、「20年前に戻っても同じ判断をするか」との問いには「誠心誠意考え抜いて出した結論。思いは揺るがない」と明快だ。先の名護市長選で移設容認派が勝利したのはこうした信念が背景にある。
◆時間的金銭的な制約
今回の県民投票構想は96年のそれと似ている。大田知事が国との訴訟で敗訴したのがきっかけだったように翁長現知事の敗訴が背景にある。
同知事は仲井眞弘多前知事が2014年12月に沖縄防衛局の辺野古の埋め立て申請を承認したものを取り消し、これに対して国が代執行訴訟を起こし16年12月、最高裁は知事の承認取り消しを違法とした。県民投票は違法判決を受けて昨春から取り沙汰された。
沖縄タイムスは昨年12月23日付1面トップで「県民投票 知事選と同日案」と、県政与党幹部が19年11月の県知事選と同日に実施する案を翁長知事に伝えたと報じた。
県民投票を強硬に唱えているのは成蹊大学法科大学院の武田真一郎教授や弁護士の新垣勉氏らだ。論拠は「翁長知事の承認取り消しが最高裁で違法とされ、当時と同じ主張をすれば裁判所は迅速に違法判断する可能性が高い。今すぐの撤回は無謀」(武田氏)、「(県民投票で)ノーの意志が示されれば裁判所を含めて誰も無視できない」(新垣氏)とするもので、県民投票での民意を根拠に埋め立て承認を撤回し、辺野古工事を阻止すべきだと主張している。
だが、これには当の反対派の中から異論が噴出している。うるま市具志川9条の会共同議長の仲宗根勇氏(元裁判官)は、沖縄タイムス昨年12月27日付の「論壇」で、「(県民投票論は)工事が着々と進行する現場の身体感覚が欠如し、裁判(官)の内部事情にも通じてない、裁判所に対する甘い幻想に基づくもの」と痛罵した。
仲宗根氏の主張は次のようなものだ。①時間的・金銭的リスク(有権者50分の1以上の署名集約・条例制定・数億円の予算処置)②投票過程リスク(自民党など棄権運動・反翁長の「チーム沖縄」首長の非協力・建設反対運動体内の異論分裂)③投票結果リスク(投票率、不確かな勝敗)④裁判価値リスク(裁判所に対して法的拘束力はなく、撤回裁判での勝訴の決定的な切り札にならない)。
さらに仲宗根氏は、県民投票まで工事が進めば、護岸が完成し土砂投入で沿岸部とつながる新基地の一部はすでに完成しているとして、こう指摘する。
「そのときに知事が承認撤回をすると、撤回の裁判では『民意』理由の撤回でも既成工事に投じられた費用・発生損害との比較衡量で県敗訴は必定であるばかりか、あまりに遅すぎた知事の権限行使を権利の乱用として国が損害賠償を求め、知事に故意または重大な過失があれば知事個人への県からの求償権も発生させることになろう」
これは的を射た批判だ。2月の県議会で謝花喜一郎知事公室長は1996年の県民投票の費用が約4億7851万円だったと説明、市町村の投票者名簿の作成や投票所の確保などの事務協力が必要とし「地方分権改革で国、県、市町村が対等協力の関係になった。県が条例を制定しても、市町村への事務強制は自治法上、難しい」と述べ、仲宗根氏の指摘を裏付けた(沖縄タイムス2月27日付)。
◆早期撤回論も理なし
反辺野古の過激活動家、山城博治・沖縄平和運動センター議長(威力業務妨害罪で公判中)は仲宗根氏と同様に翁長知事に埋め立て承認の早期撤回を迫り、「県民投票に逃げ込むな」と主張。「オール沖縄会議」も県民投票に否定的だ。
だが、早期撤回にも勝ち目はない。新垣氏らが言うように「翁長知事の承認取り消しが最高裁で違法とされ、当時と同じ主張をすれば裁判所は迅速に違法判断する可能性が高い」からだ。
こうして見ると、県民投票論と早期撤回論のいずれにも理がないのは明白だ。おまけに早くも「反対運動体内の異論分裂」を露見させ、2月末には「オール沖縄会議」の中心人物で、県内で建設業や流通業などを展開する金秀グループの呉屋守將会長が同会議の共同代表を辞任するに至った。呉屋氏は保守革新を超え経済界とも連携するとした同会議のシンボル的存在で、県民投票推進派だった。
もともと県民投票には法的拘束力がなく、その結果をもって辺野古移設を阻止しようとするのは、どだい無理な話だ。現憲法下で投票による決定を認めているのは、憲法改正の賛否(憲法96条)と特定地方自治体へ適用する特別法制定(同95条)、それにリコール(解職請求権=地方自治法)ぐらいのものだ。
特別法制定は広島平和都市建設法や長崎国際文化都市建設法(いずれも49年)、首都建設法(50年)など戦災からの復興といった特定の地域にのみ適用する法律を制定する際、住民投票で賛否を問うた。リコールは名古屋市の河村たかし市長が主導した政令都市初の市議会解散請求(2011年2月)が知られる。
各地の市町村合併をめぐる住民投票は地域限定の「民意」表明の手段として実施されている。安保や外交など国の専権事項を脅かすことはなく、むろん法的拘束力もない。
辺野古移設工事は法に基づいて進められている。辺野古移設で米軍基地の再編が進み、沖縄の負担は大きく減じる。普天間返還後の跡地には一大再開発ビジョンが描かれ、北部地域は辺野古移設を契機に地域経済の活性化が期せる。県民投票や承認撤回の「妨害活動」に惑わされず、移設工事を粛々と進めていくべきだ。
増 記代司






