日本ラグビーの課題 鍵は新たなヒーローと新監督の手腕
W杯での番狂わせでブームに
空前のラグビー人気である。ろくにルールも知らないおばさままでもが「五郎丸、素敵ね」と、顔を上気させている。子供たちは腰をかがめ、顔の前で手を合わせて指を立て遊んでいる。もちろん、日本代表の五郎丸歩がキック前に行う、あの「ルーティン」を真似(まね)ているのだ。
子供の頃からのラグビーファンで、試合中継があれば欠かさずテレビにかじりついていた筆者としては「何を今さら」という気がしないでもないが、日本で開催される2019W杯の成功を思えば、ラグビー関係者としては願ったりの社会現象であろう。
このブームを巻き起こしたのは、説明するまでもなく、イングランドで開催されているラグビー・ワールドカップ(W杯)における日本代表の活躍だ。中でも、優勝候補の一角だった南アフリカを破った初戦は「ラグビー史上最大の番狂わせ」との評判を得るほど、世界を驚かせた。
体の大きさとフィジカルコンタクトの強さがものをいうラグビーは番狂わせが起きにくいスポーツである。筆者も日本代表が南アに勝つことはまずありえないと思い込み、テレビ録画をセットして布団にもぐり込んだ。しかし、たまたま明け方に目が覚めて、テレビのスイッチを入れると、場面は後半途中。なんと、南アと大接戦を演じているではないか。
スポーツライターの大友信彦は論考「ラグビーW杯 五郎丸歩のサムライ魂」(「文藝春秋」11月号)の中で、「戦っている相手、南アフリカの濃緑のジャージーを着ながら、日本に声援を送っているファンすらいた」と記している。
南アのファンにしてみれば、勝利を信じて疑わないからこその余裕の日本声援だったろうが、ノーサイド(試合終了)には顔が青ざめていたはずだ。結局、日本代表の奮闘ぶりに最後までテレビの前を動けなくなった筆者はノーサイド間際の逆転トライの瞬間、立ち上がって「ワオー!」と雄叫びを上げてしまった。
日本代表は予選リーグで3勝しながらも、決勝トーナメントに進めなかったが、あれだけの活躍だったのだから、論題でラグビーをテーマに取り上げる論考が少ないのが残念だった。月刊誌の発売日の関係で、日本代表の試合は扱いにくかったのかもしれない。
それでも、大友のほかではスポーツジャーナリストの生島淳が「新潮45」に連載する「月刊サクラセブンズ」で、W杯での日本代表の活躍を取り上げ、体の大きなチームを破ったのは「ダブルタックル」を徹底したからだと分析している。
体のサイズで劣る日本人選手が1人で相手選手を倒すのは難しい。そこで、1人が下半身に低く飛び込み、もう1人が上半身にタックルにいって倒す。これをダブルタックルという。しかも、相手1人に対して2人がかりでは、人数で劣勢になるから、それを防ぐためにタックルした選手はすぐに起き上がって、次のプレーに備えなければならないハードワークだ。
これを前後半合わせて80分間続けるには並大抵の体力では不可能。大友も生島も、日本代表を世界一走れるチームに仕上げたヘッドコーチ、エディー・ジョーンズの手腕を高く評価したのは当然だろう。また、大友が紹介したエディーの次の言葉はスポーツだけでなく、他の分野でも、日本人が世界を舞台に活躍する上で非常に示唆的だ。
「日本人は従順すぎる傾向があります。自分で判断し、決断するのが苦手です。これはラグビーという競技にはマイナス要素です。ただ、決めたことを責任を持って遂行する能力、我慢強さがある。我々は、これを武器にして戦わなければなりません」
今は、五郎丸をはじめとした日本代表選手たちがメディアに引っ張りダコになるほどの人気だが、このブームを定着させるのは簡単ではない。女子サッカーのなでしこジャパンが、澤穂希を擁してW杯に優勝しても、新たなヒロインがなかなか出現せず実力アップに苦悩している例もある。世界は日本の先を進んでいるのだ。
4年後に自国開催のW杯を控えた日本ラグビー界の課題は、五郎丸に続くヒーローの登場とエディーの後任人事。とくに、新しいヘッドコーチは前任者の業績が大きいだけに、最初から重い責任を負う。次期W杯での決勝トーナメント進出が最低ラインの目標となるからだ。(敬称略)
編集委員 森田 清策