高いハードル、国民的議論を


解説

 象徴天皇として国民と共に歩んでこられた天皇陛下が、生前退位の意向をめぐり、ビデオメッセージで率直に「お気持ち」を述べられた。憲法との整合性から「退位」の文言こそ用いなかったが、今後の活動が困難に直面することへの御懸念がにじみ出た内容で、退位は象徴天皇制の根本に関わる話であり、皇室典範改正など高いハードルがあるが、内容を真摯(しんし)に受け止め、早急な国民的議論が不可欠だ。

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天皇陛下は象徴としてのお務めについて、国民に向け現在の「お気持ち」を述べられた=7日午後、皇居・御所(宮内庁提供)

 陛下は日本国憲法下で象徴天皇として初めて即位されて以降、「象徴の地位と活動は一体」との信念の下、憲法が定めた国事行為以外にも、戦地での慰霊や被災地お見舞い、外国親善訪問など多くの公的活動を行ってこられた。戦後約70年続いた象徴天皇制は国民に深く根付き、日本社会の安定に寄与していることは疑いの余地はない。

 天皇の地位が不安定になることへの懸念から、典範は存命中の譲位を認めていない。歴史的には譲位が一般的だった時代もあるが、時の権力者の政治的思惑から退位を強いられたケースも少なくない。そういった弊害を防ぐため、明治以降は「終身在位」となった。

 ただ陛下は、象徴天皇制が今後も安定的に続くためには、明治以降の「終身在位」の制度よりも、譲位ができた方が合理的で、国や国民、後に続く皇族にとっても望ましいと考えられたとみられている。

 陛下が生前退位の意向を示されたとの7月13日の一斉報道以降、宮内庁は公式の場で否定し続けた。退位の意向を公式に認めれば典範改正を促す形になり、天皇の国政への関与を禁じた憲法の規定に抵触する可能性があるからだが、陛下の御意向を踏まえ、東日本大震災直後に続き、異例のタイミングでのビデオメッセージ発表に至った。

 民間出身の妃(きさき)との結婚、お子さまの手元での養育、近年では葬儀方法の火葬への変更など、皇室の伝統を大きく変えてこられた陛下。今回の映像からは、穏やかな表情とは裏腹に、ある種の切迫感が感じられる。置き去りにされてきた皇室の課題にどう向き合うか、政府や国民一人一人が思慮深い判断を求められている。